読み物あれこれ(読み物エッセイです)
読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
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博士の愛した数式 小川洋子 著
MMI-NAVIに設置している箱庭ゲームの中のボードでこの本のやり取りを見てしまいまして読んでみる事にしました。 アホカイナ島のあほかいなさんというのはなかなか得をしそうなお名前ですね。 なんか失態をやらかして「お前はあほかいな!」と言われても、そうです。あほかいなです。で、終わってしまう。 いや、博士の愛した数式に話を戻しましょう。 登場事物は極めて少ない。 80分で記憶がリセットされてしまうという数学者、その身のまわりの世話をする為に雇われた家政婦、その家政婦の息子で数学者からかわいがられ、ルートというニックネームをもらった少年。あとかろうじて登場するのが数学者の義姉ぐらいなもの。 その数学者は博士と呼ばれ、1975年から記憶はSTOPしたままで、義姉の言葉を借りると、「頭の中に80分のビデオテープが1本しかセット出来ない状態で、そこに重ね録りしていくと以前の記憶はどんどん消えて行く」という設定。 最初のつかみで、読者を数字の世界に引っ張り込むのに成功している。 電話番号は何番かね? 576-1455です。 5761455だって?素晴らしい。一億までに存在する素数の個数に等しいとは。 XXは? 24 です。潔い数字だ、4 の階乗だ。 などというやりとりが何気ない会話に出て来る。 自ずと読んでいるこちらも中学の数学だったか小学校の算数だったかは忘れたが、その忘れ去った数に対する興味を引き出してくれる。 4 の階乗 1×2×3×4 1 から 4 までの自然数を掛けたもの、何気無い会話に出て来る 数字でそんな事を日常考えながら生活をしている人などまずいないだろう。 220 と 284 という二つの数字を見て博士は即座に感動する。 220 の約数の和 (1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110) が 284 で 284 の約数の和 (1+2+4+71+142) が 220 友愛数、滅多にない組合せだ、と。 博士が問い掛け、家政婦は考え、博士が解答を言う。 そういう非現実的な日常会話に対面した場合、通常の家政婦なら会話を拒否するだろうが、この家政婦は違っていた。 この家政婦という仕事以外の日常で出会う数字に素数を見るける事に喜びを感じ始める。 そんなやつおらんやろ、と思いながらも読後、何気に今日は11日、お、素数だ。 今、読んでいる本のページは? 83ページ? 素数では無いか、など家政婦と類似の後遺症を引きずっている自分に気がつく。 醍醐味部分は未読の人のためにも書けないが、この本の事を江夏抜きではやはり語れない。 あの江夏が投げていた頃を知っている世代であれば、たとえ阪神ファンでなくとも広島ファンでなくとも、あの江夏の完璧なピッチングが嫌い、という人はそうそういないのではないだろうか。 博士は大の阪神ファンで且つまだ阪神にいた時代の記憶のまま江夏の大ファンなのだ。 江夏の背番号は28番。 28 という数字は完全数と呼ばれる。 完全数というのは 1+2+4+7+14 という自らの約数の和から成り立つ極めて珍しい数字の事。 江夏は入団の時には考えもしなかっただろうが、28という背番号を自ら選んだ。 作者がこの一事を発見してくれただけでも十分にこの本を読んだ値打ちがある。 12/Feb.2006 デモナータ2幕 悪魔の盗人 ダレン・シャン 著
読み始めてみて、なんだ1幕と主人公が変わっているではないか。 という不満が湧いたが、そんなものはすぐにふっとんだ。 デモナータを渡り歩く冒険談は1幕をはるかにしのいでいる。 そしてまたもやダレン・シャン氏にやられたーとつぶやきたくなるどんでん返し。 悪魔の盗人の意味するものはそういう事だったのか。 主人公の少年は変わり者扱いをされていて友達もいない。 いつも一人っきりでさびしいという事を冒頭でしつこいぐらいに繰り返していた。 あるタイミングから幼い弟をかわいがる兄になっていて、さびしいと言う表現が無くなっているのだが、なーんだ弟がいたのか、とすんなりと受け入れてしまう。 両親が引越しを言い出す時の態度や、数日間行方不明になって帰って来た時の反応も全て納得が行く。 新刊だけにあんまり書くとネタバレになってしまう可能性があるのでやめておこう。 印象に残ったシーンを書くのは容易いが、発刊して間もないこういう場合はどこまで書いていいのか判断に迷ってしまう。 一作毎に全く異なる登場人物を配して、オムニバス形式でデモナータそのものを主人公にするつもりなのかと思いきや、1幕で登場したダービッシュが出て来るでは無いか。 しかも一作目よりも若い。 ダレン・シャン氏は「デモナータシリーズでは語り手となる主人公が3人いる」と言ったそうだ。(2幕あとがきより) 第1幕のあとがき時点で6巻まで書き終え、全部で8〜9巻のシリーズにすると言っていたそうだ。 時間は行きつ戻りつしながらも1幕目の主人公も2幕目の主人公もまた次の主人公も全部繋がって行くのだろう。 この第2幕は、冒険談とどんでん返し以外にもう一つの投げかけを読者にしている。 何年間も行方知れずとなり、もう死んでしまったものと思って新たな生活を始めた夫婦にとって、行きなり帰って来た息子とはどういう存在になるのか。しかも年齢は死んだと思っていた年齢のままで。 このあたりは前作のダレンシャンと共通する。 いや、こんなあたりもまだ書くには時期尚早と言われるかもしれないのでこのあたりでやめておこう。 11/Feb.2006 デモナータ1幕 ロード・ロス ダレン・シャン 著
ダレン・シャン氏の2作目である。 1作目のダレン シャン はシルクドフリークというきっかいなサーカス有り。バンパイヤマウンテンでの攻防有りで楽しませてくれた。 ただ、タイニーとか言う神の様な存在を作って時空を自由に操れるなんてところは、ストーリーテラーとしてはいただけない。 結局なんでも有りになってしまってせっかく長い長い物語として積み上げたものを崩壊させかねない。 デモナータは待望の2幕「悪魔の盗人」が刊行されたので、1幕の紹介を早めにしてしまわないと時期を逸してしまうので大急ぎでUPしてもらう事にした。 「1幕 ロード・ロス」の魅力はなんと言っても、悪魔であるロード・ロスそのものの個性であろうか。 「ロード・ロスは人間の悲しみをむさぼる。人間の痛み苦しみを食べる。ロード・ロスにとって葬式はコース料理。自殺を考えている孤独な人間はおいしいおやつ。ロード・ロスは、人間の不幸な心が好きでたまらない」という人の苦しみ、災難、不幸を何よりも至福とする悪魔のロードロスが事もあろうにチェスが何よりも大好きでチェスの勝負の為ならフルコース料理並みの不幸も取引材料にしてしまうなどという一面。そして卑怯な事はせずに勝負は勝負らしく悪魔らしからず存外にいさぎが良い。 蜘蛛の様な手を自在に操り、一回の対戦で五つのチェス盤で同時に戦う、などと言う場面も面白い。 また主人公のグラブスの家系の持つ特異性も徐々にあらわになって行き、引き込まれるものがある。 人狼病が出て来た時、前作がバンパイヤで今度は狼男か?などと思ってしまったが、人狼病はストーリーの中ではほんの脇役の役割りでほっとした。 前作もこの作品も普通に暮らしていた男の子がある日を境にとんでもない世界へ踏み出して行くのだが、デモナータ(異次元の悪魔の世界)本体の姿はこの中には出てこない。 2幕を待つしかなさそうだ。(実はもう読んでしまったのだが) しかし、家族が惨殺されるシーンにしてもどうしてまたこんな残虐なシーンのある読み物が人気を得てしまうのだろう。 本当に子供達が読んでいるのだろうか。 冒頭での姉に対するいたずらにしても、シャワー上がりのタオルにネズミのはらわたを仕込んで、血まみれにしてしまうなど、ちょっと常軌を逸したいたずらに思えてしまうが・・・・、案外そんなところに人気の秘密があったりして・・・・。 08/Feb.2006
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