読み物あれこれ(読み物エッセイです)
読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
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USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか 森岡 毅 著
この春以降、テーマパークのからみで一番話題をかっさらったのはUSJのハリーポッターのエリア、「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」。 実はUSJのハリーポーアトラクションへのの取り組みはこの本が書かれた2013年度から遡ることさらに3年前。 当時のUSJはオープンの年の入場者数1000万人を年々下回り、せいぜい700万人。売上予想は450億。 そこへハリポッターをアトラクションを誘致するとなるとその売上の2倍の資金が必要になるというとんでもない投資。 それを、次に来るボールが、打てば必ずホームランとなるど真ん中のストレートだとわかっていて、バットを振らないプロ野球選手がいるか!とばかりに経営陣を説得し、契約までこぎつけさせてしまう。 その代わりにハリーポッター開始までの3年間、新たな設備費用をかけずに売上・入場者数を伸ばす、という使命をこの筆者は達成しなければならない。 その一年目で起こったのが東日本大震災。 日本全国が自粛ムード一色でテーマパークどころの話じゃない。 もはや、3年目の初年度は目標達成は無理だろうと誰しも思う中、大阪府の橋本知事(当時)にかけあって、子供たちを無料でUSJへ招待する。 子供が来れば、親も付いてくるのだ。 その後もハロウィーンのイベント。 クリスマスのイベントなどで客を取り戻す。 USJ=映画のみ、というこだわりも捨て、大ヒットアニメ「ワンピース」のアトラクション。 ゲームソフト「モンスターハンター」のアトラクション。 と、次々とヒットを飛ばす。 そして究極の、既存設備の有効利用がこの本のタイトルになっている「後ろ向きに走るジェットコースター」。 元々のジェットコースターの品質が良かったために、作り直しをしなくても後ろ向きにして安全性が確保できた。 3年目の危機は東京ディズニーランド30周年ともうすぐハリーポッターがやって来る、という期待感から来る入場者の先延ばし感。 前段はこういうかたちで3年間、費用をかけずに入場者数を伸ばしていった逸話。 後段はマーケティングとは、という筆者の考え方が披露されている。 数々の成功をモノにしてきた人にしか語れない話だ。 いやぁ、確かに感心して読み惚れてしまうような話ばかりなのだが、いざそういう仕事をやってみたいか、と問われればどうなんだろう。 採算度外視で好きなことだけやってりゃいいなら別だが、結果が問われる世界だ。 どんな業界だって同じだろう、と言われるかもしれないが、このエンターテイメントの世界、あまりにサイクルが短い。 一つヒットを飛ばした瞬間には次のアイデアの着想に入って行かなければならない。 来るお客さんに常に新しいものを提供し続けなければならない。 やはりなんでもそうだが客側の立場で楽しむのが一番だ。 12/Aug.2014 友情 武者小路実篤 著
恋と友情が絡んで大変なのは、 今も昔も、男も女も同じなのだなぁと思いました。 ざっとあらすじ。 主人公の野島はまだ駆け出しの作家。 彼は友人の妹、杉子に恋をします。 野島にとって杉子は理想の女性。 想いはどんどん深く、妄想はどんどん大きくなっていきます。 野島がそんな恋心を打ち上げられるのは、親友の大宮にだけでした。 大宮も野島と同じく物書きで、作家として成功しつつありました。 互いに刺激しあい、心を許せる親友同士。 大宮は野島の恋を応援し、成就する事を願います。 しかし杉子は大宮を、大宮も杉子を想うようになり、 その事実が野島に知らされたとき、野島は大きく絶望します。 野島の杉子に対する気持ちはとても強いのですが、 杉子を理想化しすぎているのが難点です。 杉子という女性は野島が思うような理想の女性ではなく、かわいらしさもあれば、時にはずる賢さもある普通の女性のように思われます。 そんな杉子が野島に理想化されることを嫌い、大宮に惹かれていくのは仕方のないことだと思ってしまいます。 なんせ大宮という人は、頭がよく器用で、変な癖は無いけど芯のある男性。 女性に対して変にやさしくも無ければ、偉そうでもない自然体の人。 どう考えても野島より魅力的なのです。 しかし物語は野島の強い思いを土台に突き進んでいくので、 野島の恋が成就してくれれば、と願うようになっていきます。 しかし残念ながらそうはいかず、最後にドカンと事実が突きつけられます。 それまで冷静で、杉子に対する愛情を微塵も感じさせなかった大宮からの報告は、かなり衝撃的です。 その事実は彼の口からではなく、大宮と杉子の手紙のやり取りから知る事になります。なんだか知らなくてもいいことまで、二人の恋の盛り上がりを知らされます。 こんな形でなくてもいいのにと思いますが、友人にすべてを隠さずにぶつかって、どのような反応をされようともそれに耐える、というのが大宮が選んだ親友に対する姿勢なのでしょう。 野島は大宮のしたことに対して心から怒り悲しみます。そしてこれから待つ孤独を嘆きます。 その様子は痛々しいですが、同時にすがすがしさを感じます。 それは野島と大宮の間に隠し事は何一つ無く、互いに正直な感情をぶつけ合っているからだと思います。 二人にとって一大事なのだけれど、きっとまた立ち直る日がくるであろうと思えます。 最近は携帯でお手軽につながる友人関係ですが、これだけ本気で向き合う情熱があってこそ、本当の友人、友情と呼べるのかなと思いました。 27/May.2011 昨夜のカレー、明日のパン 木皿 泉 著
義理の父親の事をギフ、ギフとペットのように呼ぶヨメ。 ヨメと言いながらもその夫は7年も前に他界している。 25才という若さで。 ということはこのヨメも相当若かったに違いない。 姑であるはずの夫の母親は夫が高校生の時に他界している。 ということは、この若いヨメは実家に帰ることを選ばず、ギフと暮す方を選んだわけだ。 職場へ行けば、結婚しよう、結婚しようと言い寄って来る男があり、別に嫌いではないのだが、彼女にその気持ちはこれっぽっちも無い。 亡くなった夫を中心円にして、その生きた時代に周囲に居た人々。 そんな人たちが順番に主人公となり、日常の小さな話を語っていく。 時には、亡き夫の幼なじみだったり、亡き夫の従兄弟だったり、亡くなったギフの妻の若い頃だったり。 彼女は特殊な能力を持っているのだった。 知っている人が亡くなる予兆が現れる。涙が止まらなくなると決って誰かが死ぬ。 百田尚樹の「フォルトゥナの瞳」を思い出したが、あれは寿命の短くなった人がどんどん透明に近づくので、誰が死ぬかはわかっているのだが、彼女の場合は、その誰がまったくわからない。 でも、それがきっかけでギフと結婚することになったようなものなのだ。 秋になればイチョウで黄金色いろになるこの亡き夫家の庭。その庭で取れた銀杏を食することの出来る家。 なんだかんだとそして皆、この家がいごごちがいいのだ。 本屋大賞の2位になったというこの本。 時代は行ったり来たりするが、平凡な日常の中でのちょっといい話が集約されている。 09/Oct.2015 夢を売る男 百田 尚樹 著
「永遠の0」では読んだ人を涙でボロボロにさせ、「海賊とよばれた男」では読んだ人に感動を与え勇気と元気を与える。 本当に同じ作家なのか?と思えてしまうほどに百田さんは守備範囲が広い。 この「夢を売る男」は出版業界の話。 出版業界と言ってもかなりいかがわしい。 ○○大賞と銘打って作品を募集し、募集して来た作品の中で箸にも棒にもかからないもの以外は、全てお客様。 編集部としては一押しだったんですけどねぇ。なんとしても出版したいところなんですけどねぇ。大賞を取っていない作品となると、販売の方がなかなかうんと言わなくて、・・・と言葉たくみに誘導し、どうしても出版したい、という気持ちまで客の気持ちを高めた上で、ジョイントプレスなる出版方法(筆者にもお金を出してもらう。実際には筆者しか出さないのだが)を提案し、自費出版なら20万や30万で済むものを100数十万〜200万のお金を引き出して行く。 かつて、新聞の取材のようにアポを取って、一通り取材した後に記事にするには実はお金がかかる、記事形式の広告だった、なんて営業手法があったが、出たがり屋の気持ちをくすぐる、誉めて誉めて誉め倒してその気にさせる、なーんてところはちょっと似ているかもしれない。 この出版社、元は印刷屋だったのが、この形式の出版をはじめて、出版不況をものともせず、急成長。ビルまで建てたのだとか。 こんな手法でなかなかビルを建てるところまではいかないだろうが、確かに目の付けどころは面白い。 それに実際に客には夢を売っている。 この会社の編集者の前職は全く畑違いだったりするのだが、営業バリバリの編集長の前職は本当のまともな出版社の編集長だった。 彼の今の出版業界に対する失望の思いが真逆の出版に走らせたのかもしれない。 とにかく売れない作家に対して、ボロクソ。 自らはミリオンセラーを連発しているだけに売れている作家が売れない作家のメシを食わせてやっているのに・・・みたいな受け取られ方をしないようにしっかりと百田某はすぐに消える作家だ、と自らに駄目だしをするのも忘れない。 ユーモアたっぷりに詐欺まがいの出版商法を書きながら、現実の出版というものへの辛辣な批判でもあり、偉い作家先生への批判でもあり、なかなかに読ませてくれる一冊。 さすがはベストセラー作家だ。 19/Feb.2014
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