読み物あれこれ(読み物エッセイです)
読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
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苦役列車 西村賢太 著
芥川賞の選考委員も粋なはからいをするもんだ。 2011年1月の芥川賞受賞作にはこの「苦役列車」と朝吹真理子氏の「きことわ」がW受賞。 全く正反対と思える作品。作者。 方や、文学一家に育った才媛。そう言われるのは本人は本意ではないかもしれないが、世間はそう見る。 方や中卒で日雇い仕事を続けて来た男の独白。 「きことわ」に関しては、「精緻な文章」だとか、「高い完成度」だとかという褒め言葉が、数多く聞かれる。 なるほど、こういう作品が芥川賞を取るんだろうな、といかにもプロを喜ばせる文体とはこういうものなのだろうな、と思いつつ、さほどに文学通でもないこちらにとっては、あまりに退屈で面白みのない内容に少々辟易とさせられた。 敢えて言うなら20代の女性がよく40代の女性の心境がわかるのものだなぁ、と感心したぐらいのことだろうか。 前作の「流跡」の奇妙さの方がまだ少しは楽しめる。 それに比べてこの「苦役列車」と来たらどうだ。 よくぞ選考委員は芥川賞に推してくれたもんだ。 むさい臭いが読んでいる側にまで漂って来るような一冊である。 小学生の頃に父親が性犯罪を犯し、近所に住んで居られなくなり、母親と転居し、姓も変わる。 以来、友達らしい友達は持たず、中学もろくすっぽ行かず、中卒にして日雇い人足業に有りつく。 これと言って目標があるわけではなく、貯金も無く、少々小銭が溜まったら、フーゾクで使い果たし、その日の酒とその日のメシに有りつけばそれで良く、溜まった金を持たないので、家賃はすぐに滞納し、そして追い出され、また新たな住みかを見つけ、そこもまた追い出されの連続。 この手の本は嫌いな人からはとことん嫌われそうな本だな。 それにしてもまぁ、どうしてこうも自虐的なんだろう。 自らをゴキブリとまで言ったりして。 日雇い人足とはいえ、汗水垂らして働く喜びの一つもあっただろうに。 さて、今回の未曽有の大震災。 こんな時にこそ、主人公君のような人の出番なのではないだろうか。 主人公君がコンプレックスを抱く、エリートやホワイトカラーなど未曽有の災害のさ中でどれほどの役にも立とうか。 どこで寝ることも厭わず、肉体を資本に生きて来た19歳。 東北地方の復興に是非ともそのたくましさを発揮してくれ。 こりゃ感想でもなんでもなくなってしまった。 24/Mar.2011 薬指の標本 小川洋子 著
読んだあと、奇妙で怖い夢を見たような気分になりました。 ざっとあらすじ。 主人公の女性はソーダ工場で働いていましたが、あるとき機械に指を挟まれて薬指の一部を失います。 切断された肉片は機械に飲み込まれ、流れた血がソーダを桃色に染めます。 女性はソーダ工場を辞め、新しい土地で標本室の受付の仕事に出会います。 仕事は簡単なもので、持ち込まれるものがどんなものであっても、 標本にできますと答え、それを受け取るというもの。 標本を作るのは一人の標本技術士。 標本技術士の不思議な魅力に女性はいつの間にか飲み込まれていって・・・。 標本にして欲しいと持ち込まれるものは様々。 多くは辛い思い出が残していった残骸たちです。 できた標本は標本室に保管され、依頼者が見に来ることはほとんどありません。 大抵の依頼者は標本になったことで安心して、先へ歩みだします。 どんなものでも標本にする標本技術士がとても不気味。 主人公の女性の薬指を興味深く眺め、失われた一片に関心を示します。 標本技術士の異様な雰囲気は、生きているものよりも失われたものへの関心が強いように思われるからかもしれません。 私は体の一部を失った事はありませんが、 それなりに元には戻らないであろうやけどをしたことがあります。 今でも傷を見ると、若干残念な気分になりますが、 戻らないものにいつまでも心を支配されるわけにはいかないので、 忘れるよう気持ちを動かします。 標本技術士は、毎日のように依頼者が忘れたいと願った傷と対面して、 それを自分の周りの標本室に保管し続けているわけですから、 不気味なのも仕方ないかもしれません。 結末はちょっと青髭的で、特に納得したりはっきりした落ちがあったりするわけではないのですが、不思議にすとんとお腹におさまる物語です。 悪い夢を見たような、でも眼ははっきり覚めていたような感覚。 薄暗く閉鎖的な空間でありながら、その情景が鮮やかに眼に浮かぶようなのも不思議です。 この「薬指の標本」はフランスで映画化されました。 見ようかなとも思ったのですが、 私の頭の中に浮かんだ「薬指の標本」の情景はそのままにしておきたかったのでまだ見ていません。 原作には比較的忠実な映画だそうなので、 フランスから見た「薬指の標本」の情景を見るのもおもしろいかもしれません。 14/Jan.2011 崩れる脳を抱きしめて 知念 実希人 著
広島から来た若いが優秀な研修医が、終末医療を専門にするかなり瀟洒な神奈川の病院へ研修に訪れる。その瀟洒な病院の中でもとびっきり高級部屋で、ここが本当に病室なのかと見まがうような部屋に28歳の女性が入院している。 弓狩さんという苗字なのに、ユカリと呼んで欲しいと言われる。 彼女曰く脳にいつ破裂してもおかしくない爆弾を抱えているのだとか。 脳腫瘍を抱えているのだ。 医者と患者の仲だと自分に言い聞かせながらも、彼女にどんどん心を奪われて行く若き医者。 この研修医、序盤からちょっと感情が表に出過ぎるのと、自分のプライベートをいとも容易く話し出すあたり、いくら研修医とはいえ、医者らしくない。 いや普通のサラリーマンだってアルコールも入らずにいきなりこんなべらべらしゃべらないだろう。 女を作って出ていった父親が憎いだの、金を稼ぐためにアメリカで医学をもっと勉強するだの。ほぼ初対面なんでそこまで言うかな。 今は直せない病気も直せるようになるために、とか、医療の道を究めるためにアメリカで学ぶとか、嘘でも言うんじゃないのか? 彼は外が怖くて外出が出来ないユカリさんの心を開き、外へ抵抗なく連れ出すことにも成功する。 方やユカリさんは彼の憎む父親が実は家族の事を最も思っていた真実へたどり着かせる。 この若い研修医ほぼ序盤からこの女性に惹かれていたのだろうが、その思いがだんだんと強くなっていく。 いよいよ告白するのか、と思った矢先、研修が終わって彼は広島へ。 そこへ彼女が亡くなったとの知らせが・・・。 そこから大きく展開が変わっていくのだが、そこらあたりで、あらためてこの本、ミステリーだったんだと気付かされる。 ここからのどんでん返しもまた結構楽しめる。 ![]() 09/Jul.2018 くまちゃん 角田光代 著
短編集で、全ての物語で主人公が振られます。 そして振った相手が次の物語の主人公となり、別の人に振られます。 そんな変わったリレーでつながっていく一冊。 「くまちゃん」という表題作では、主人公の苑子が、偶然出会った、いつもくまのTシャツを着ている男の子に翻弄され、意味もわからず振られる話です。 思っていたような仕事ができず、つまらない毎日に不満を持つ苑子。 崇拝するアーティストに近づこうという夢があり、それを追い続けようとするくまちゃん。 くまちゃんは苑子に、「つまらないと思うことをしてはいけないよ。」と言います。 そんなくまちゃんを苑子はうらやましく思います。 実際は相手のようになりたいわけでも、相手を理解しているわけでもないけれど、自分と違う何かが、自分の生活を少し輝かせてくれるような気がするのかもしれません。 そして意味もわからぬまま振られてから数年後。 苑子は少しずつやりたい仕事ができるようになり、出張した先の海外の街で、懐かしのくまのTシャツに出会います。忘れかけていた「くまちゃん」という男の子を思い出し、側にいたときよりもくまちゃんの気持ちが理解できると感じます。 次の物語「アイドル」では、この意味不明のくまちゃんが主人公。 20代も後半になり、こんなんでいいのだろうかと思い始めたくまちゃんは、自分と同じような考え方で、でももっとしっかり生きている女性に恋をします。 初めてまともに人を好きになって、今まで適当に女の子と付き合ってきたことを振り返るくまちゃん。 苑子のことは、名前がもう思い出せないけど冷蔵庫の中身が充実していたという程度に振り返っています。 こんなに振った立場と振られた立場で、思いや見解が違うのかと思うと面白く、ちょっとせつないような気もしました。 そしてくまちゃんも思いがけぬ理由で振られてしまうのですが、前へしっかり進んでいく姿がすがすがしく、かつての意味不明のくまちゃんが、なかなかいい男になっているように感じました。 こんな風に、次々と振り振られの物語が続いていきます。 振られる人が主人公なので、振った人の気持ちについてはあまり触れられていないのですが、次の物語を読むとその気持ちがわかっていくというのが面白いところです。 角田光代さんのあとがきに、仕事と恋愛が複雑に絡み合っているときの恋愛を描きたかったとありました。そして「ふられ小説」を書きたかったと。 物語には、憧れの仕事をしている人を好きになったり、同じ夢を追う人を好きになったり、仕事が成功したことでうまく人を好きになれなかったり、様々な人が登場します。 そして共通していることは、それぞれがもしその仕事をしていなかったら、その恋愛は存在していないのだろうなということ。 仕事と恋愛が複雑に絡み合っていると意識したことがなかっただけに、目からウロコでした。 ふられ小説を書きたかったというのはなぜなのかと考えてみました。 物語を読んでいると、振られた方が先へ進みやすいというは伝わってきました。 振らてしまってはどうしようもないから、散々悲しんだら立ち直る以外することない。とてもシンプルで明白な状況だと思いました。 そして、立ち直れるとそれが自信になります。自分に対しての自信だったり、そんな状況でも続けてきた仕事に対してであったり。 あとがきには、角田さんにとって、仕事というものが確固たる何かになってしまったから、もうそのような恋愛はできないとも書いてありました。 恋愛と仕事が複雑に絡んでいるとも感じていなかった私には、到底たどりつかないであろう角田さんの境地。 世にいる社会人の恋愛というものはこんなものだったのか、と勉強になった一冊でした。 29/Nov.2011 暗いところで待ち合わせ 乙一 著
駅のホームから人が突き落とされ死亡。 そのホームから逃げて行く男が目撃される。 その駅のすぐ近所に目の不自由な若い女性が一人暮らし。 そこへ殺人犯かもしれない男が扉の開いた瞬間に転がり込んでくる。 男は部屋の片隅でじっと動かず、身をひそめる。 彼女は誰かの存在に気が付いてしまってはいるが、気が付かないフリをしている。 そりゃ、人が居るかどうかぐらい嗅覚に頼るまでも無く、温度変化に頼るまでも無く、 息づかいの音に頼るまでも無く、気配というものでわかるだろう。 物語の中では途中まで気が付かないことになっているが・・・。 気配どころか、自分に危害を加える人なのかどうなのか、も瞬時にわかってしまうのではないだろうか。 だんだんと彼女にとってこの無言の同居人は無くてはならない存在になって行く。 この話でも登場するのは、人付き合いの苦手な人。 ここへ隠れ住んでいる男がその典型。 仕事場でも無駄な付き合いを避けるがために、周囲から浮いた存在になってしまい、浮いた状態がエスカレートし、ほとんど嫌がらせを受ける状態に・・・・・。 まぁ、それでもなかなかそいつを殺したいとまではなかなか思わないものだとは思うが・・・。 目の不自由な彼女も出来ることならもう外など出たくない。 一人で暮らす事に慣れ過ぎてしまっている。 その二人が沈黙で同居し、お互いの存在を認め合っている。 そして人付き合いの苦手な人達はここでもやはり優しい人たちなのだった。 ![]() 21/Aug.2017
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