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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
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16/May.2017
火車(かしゃ) 宮部みゆき

犯人追跡中に拳銃で足を撃たれて休職中の刑事。
その刑事のところに妻の従兄弟のさらにその息子という遠縁の親戚がいきなり現われ、婚約者が行方不明になったので探して欲しいと言い出すのが話の始まり。

行方不明の女性を捜すうちにいろんな事実が見えて来る。
実はその女性は過去に自己破産の過去を持っていた。
実はその自己破産した女性は全く別の人だった。
詳しく書くのは未読の方に失礼なので書きませんが上の二行ぐらいなら問題はないでしょう。

ノンフィクションでは無いでしょうから実際の話では無いにしろ、捜査というのはこういう風にやるものなんだろうなぁ、と感心してしまいます。
しかも休職中なので警察手帳を使わずに。

カードローン地獄に陥り、多重債務者となってしまった人間が自己破産をしてまた借金をチャラにして人生をやり直す。
その行為に対してはカードで支払う目途も無いのに使いたいだけ使って贅沢をした上で自己破産とは、なんと無責任な!
という世間の声がありますが、作者の言いたい事は、カードローン地獄に陥った人を助ける弁護士の言葉に表れています。

弁護士の説によれば、カードローン地獄に陥った人が悪いわけではない。
カードローン地獄に陥った事態と交通事故との類似を論じ、消費者信用という産業の構造を含めて批判します。
また、そういう構造だという事を教えて来なかった教育も悪いと。

カードローン破産した人も「ちょっと幸せになりたかっただけなのに・・・」なのだそうです。

なるほど、確かに産業構造から言えば、消費者信用の業界の取扱高は異様としか言い様が無く、それだけの金額を信用販売で取り扱うと言う事は債務者はいずれ消費者金融に流れざるを得ず、従ってなるべくしてなった多重債務者なのだ、という。

果たしてそうでしょうか。
確かに業界はそういう甘い勧誘の手でいろんなカードを個人に持たせ様とするでしょう。ですが、だからと言って欲しいものも欲しくないものもカード支払いだからと言ってじゃんじゃん使って行く人というのは、社会へ出るべき基礎知識(前提と言ってもいいでしょう)が足りないのではないか、と思えてしまうのです。
身の丈にあった利用が出来、自己制御能力が持てる人、以外はカードなどは持っては行けないのでしょうね。
とは言え、社会へ出るべき前提のある人、無い人おかまいなしに、どこへ行ってもすぐにカードを作りませんんか?とやって来ますからねぇ。
運転するのに教習所へ通って免許証を取得しなければならないのと同様に、カードを持つにもカード免許なるものが必要なのかもしれませんね。

確かに弁護士の(作者の)言う様に、多重債務者には同情すべき点は多くあるのでしょう。

以前、ファッション関係のビジネスをやっていた私の知り合い(年配の女性です)が、もの凄い多重債務者で借金漬けでどうしようも無くなった時の事を思い出しました。

これはカードローン債務などと言う甘っちょろいものでは無く、商売にからんでの借金が含まれるので一般個人の借金の額とは桁が違います。

当初、借金の事は家族には秘密になっていた様で、家族に発覚した時点では相当な額になっていました。

それでも、当時の家を処分して賃貸へ引越し、ご主人の退職金やもろもろを充当すれば、なんとか返済が出来る、と家族一同が踏んでいたのも束の間、またまた隠していた借金が出て来て、気がついた時には、一家全員が全部稼ぎに出たところでどうしようもなく、利息だけで一日百万が必要、とまで膨れてしまった時に、ようやく諦める事にしたらしく、結局夜逃げをする事と相成りました。

その夜逃げを何故か手助けするハメになったのですが、「夜逃げって何処へ?」
と聞いても、その宛てが無い。
仮りに受け入れてくれたとしても親戚縁者のところでは追いたてがすぐにやって来るでしょう。
親しい所へは行けない。と、なるどこへも行くところが無い、という事にあらためて気がついたのです。

で結局、我が家へ宿泊してもらうしかなくなってしまった。
ちょっとした知り合いというだけで全くの赤の他人なので我が家の居場所を借金取りが掴める可能性は薄い。
我が家ではそこまでしてあげる義理も何も無いのですが、事の成り行き上、仕方無く、と言ったところでしょうか。
それからそのオバさんとオバさんの妹がしばらくの間、我が家の居候となったのでした。
自己破産の手続きが完了するまで、債権者から身を隠すわけです。

ところが、この居候のオバさん、普段の贅沢な暮らしから抜け出す事が出来ない。
我が妻にしてみれば、もっと無関係な状態であるにもかかわらず、三度三度の食事を用意しなければならない。
その食事にしても満足して食べてくれりゃ、まだしも、一口箸をつけただけで、
「あぁ、これ、もう要らんわ」
などと平気でおっしゃる。
妹さんが気を使って「すみませんねぇ。わがままで」などと言いながらオバサンの残りも片付けようとする。

食後に軽くアルコールでもと出した時には唖然としました。
「なぁ、ヘネシー無いんかいな」
身の程をわきまえない、というのはこういう人の為にある言葉なのでしょう。
もう救いようがない。

それに債権者と言ったって消費者金融のプロばかりではないのでした。
債権者のかなりは一般の人。つまりはシロウト。
シロウトのなけなしの金を来月返すから、とか適当に言って騙し取ったようなものもかなりあるのではないか、などと思い始めていました。

オバさん姉妹はかなりの長い期間、我が家へ滞在し、やがて自己破産手続き完了で出て行きました。

それから何年かしてばったりと出会う機会が有ったのです。
今、仕事をしているのだという。
どんな仕事でのかを聞いてみたところ、ダマシの化粧品を電話セールスで売りつける仕事だと言う。
そんな事をしてお金にして恥ずかしいとは思いませんか?
つい、言わずもがなの事を言ってしまった。
するとどうでしょう。
「そんなん、騙されるアホが悪いに決まってるやん、何言ってんの」
その言葉を聞いた時に確信してしまいました。
この人は自己破産手続きが完了した時にも同じ事を思ったのだろうと。
「来月返すからと言うたからなけなしのお金融通してあげたのに・・」という個人債権者の気持ちに対しては「そんなん、騙されるアホが悪いに決まってるやん」だったのでしょう。
あらためて、債権者からの隠れ家を提供した事が果たして良かったのか、どうだったのか、と疑問が芽生えて来てしまったのです。

あらぬ方向へ話が流れたようでもありますが、これは「金を借りる」→「返せなくなる」→「さらに高利の金を借りる」→「さらに借金が膨らむ」→「自己破産の道を選択する」という人達がその間に何を考え、何を学んだか、にも繋がる話ですので敢えて挿入させてもらいました。

本に戻りますが、最後に行方不明の女性は見つかるのですが、作者はその後には何も触れない。
それまで書いて来た事で充分だろ。という訳です。
その後どんな話し合いが行われたのか、彼女はその後どうなったのか。
その一切を読者に委ねているところが潔く、気持ちがいい。

テレビドラマのように、その後のその後、さらにその5年後、10年後までさらされてしまっては、観る側は想像力を働かせる事も出来ない。
ああいうのを蛇足と言うのでしょう。

火車  宮部みゆき (著)


16/Jul.2007
蒲生邸事件 宮部みゆき

歴史を遡るだとか、時空を超える話、いわゆるタイムトラベルをしてしまう話はいくらでもある。
望んで行く話、偶然に行ってしまう話。
行った先の歴史を変えてしまう話。
絶対に歴史を変えてはならない、と眺めている様な話。

この「蒲生邸事件」という話もまさにタイムトラルの話。
ただ、他のタイムトラルの話と決定的に違う点がいくつかある。

一つはそのタイムトラベラーの能力を持った人間は一様に皆、暗く、陰気で顔を見たら、ガラスをギーっと擦る音を聞いた時に似た嫌な気分になってしまう。
彼らは友達はもとより、親兄弟の誰からも無視され続ける存在。
また、それだけ存在感が無いのだ。

こんなタイムトラベラーは他の話ではあまりお目にかかれない。
その暗さ、存在感の無さの理由は、他の時代へ行ってもその存在感の無さ故に誰からも気に留められることがないからだという。

それでも彼らはその能力を発揮しようと、歴史を変えようとするのだが、歴史というものの流れは決して変わる事がないのだという。

あの忌まわしい事故、日航ジャンボ旅客機の墜落をなんとか未然に防ごうと、飛行機に爆弾を仕掛けたと電話して無理矢理欠航させ、その飛行機は墜落を免れたとしても、その翌日か翌々日に別のジャンボ機が墜落する。
そうして、歴史はちゃんと帳尻を合わせるのだという。

日航ジャンボ機はあの時期に一機、墜落をしなければならない宿命があったのだという。あの山崎豊子の「沈まぬ太陽」がその後に明らかにした様な、日航そのものの安全管理をないがしろにした会社の姿勢はそういう形で何か事件にならなければ、改まらなかった、ということなのだろう。

だから、どのジャンボ機を救おうと、別のジャンボ機が必ず墜落する。

ということは、歴史は必然、という事なのだろうか。

ということは大化の改新の時、蘇我入鹿に事前に事件の事を告げていてもやはりどこかで蘇我蝦夷・入鹿親子は殺害されたということなのだろう。
現天皇を廃して蘇我天皇が誕生しつつある事態を撲滅させるのが歴史の望んだ結果だということか。

本能寺の変直前にタイムトラベルをして明智光秀を拉致監禁してしまったとしても、他の誰かが織田信長を倒すのだろうか。
自らを王と称し、寺院を焼き討ちにする様な存在は誰かが討つのが歴史の必然だということか。
ただ、本能寺の変の際には織田信長を討てるのは明智光秀しかいなかった。他の武将は皆遠征ではるか遠くまで行っていたはずである。
それでもその明智を拉致しても織田は誰に討たれるのだろう。明智の部下だろうか。

某日本放送協会でやっている「その時歴史が動いた」という番組がある。
まさしくその瞬間の行動が、その瞬間の判断の左右によって歴史はこんなに動いたのだ、という紹介話である。
でも、歴史が必然なら、その瞬間の判断を右から左へ変えてあげたとしても結果は同じだったということになるのだろう。

バック・トゥ・ザ・フューチャーとは対極にあるタイムトラベル話である。

さて、時代は二・二六事変である。
ここに登場するタイムトラベラーは他のどの時代への選択肢もあっただろうにこともあろうか、二・二六事変の直前からを自分の永住の地と定めた。
だんだんと日本全土に暗い影がさして来た頃なのじゃないのか。
それは戦後の人間が勝手にそう思っているだけで存外に今よりも住みやすい時代だったのかもしれない。
それでもその数年後には戦争へと突入して、最後は散々空爆されて、戦後は食うものもない時代へと流れていくわけだから、最終的には住みやすい時代であるはずがない。


作者は蒲生大将(架空)が未来を覗き見てしまったがために変節をし、未来の人からあの時代にそれだけ先を見通していた人がいたのか、と後世に名を残し、子孫を助けようとする様な人には歴史に不誠実な人としてばっさり切り捨てる。

東条英機の様に最後まで悪者で通して、戦犯となったの方が歴史に誠実、正直であったと寧ろ評価が高い。

では、二・二六の時代へ移り住もうとしているこのタイムトラベラーはどうなのだろう。赤紙で戦地へ引っ張られてしまえばどうしようもないが、引っ張られなかったとしたら・・。
東京への大空襲のことも知っているだろうし、長崎、広島へ原爆が投下されることも知っていれば、8月15日に玉音放送がある事も知っている。

戦後に起きること、朝鮮動乱のこともその後にどんな産業が伸びるのかも、ケネディの暗殺もアメリカの有人宇宙船月着陸も、東京オリンピックも大阪万博も・・・この歴史に影響を与えることをやめた人がそれを知ったからといって、先見の明を発揮したり、株でボロ儲けすることもないだろうが、戦争を生き抜いとしたらその先の人生は果たして面白かっただろうか。

未来は自らの手で作るもの、と言うが、彼は決して未来は作れない。
何故なら歴史に縛られているから。

彼はだけではないのかもしれない。
歴史には流れというものがあり、その流れには決して逆らえないのであるというように過去から今日に至る歴史が必然なのだとしたら、未来だって同じではないのか・・・必然。
未来は自らの手で作るものなのではなく未来は定められた必然のルールどおりに進んで行く?

この本にはそのような意図はないのはわかっている。
昭和初期の日本でしか存在し得ないような優しい温もりのある女中のふき。
ふきと主人公とのロマンスなどがあれば、随分違う感想をもつのだろうが、二・二六事変に訳もわからず参加した兵士への「原隊へ戻れ」の号令。
「原隊へ戻れ」をふきから復唱され、戻るべきところへ戻る主人公。
それだけでもふきという女性の優しさは伝わってくる。
感想としてはそういう締めが望ましいのだろうが、蛇足は書かずにはいられない。


歴史の落ち着く先が決まっている、という宮部流歴史必然説に沿えば、未来は自らの手で作るものなのではなく未来は定められた必然のルールどおりに進んで行く。

では、未来を、この地球の未来を変えようとする人々の努力はいかに。
地球温暖化は続き、ツバルは沈み、北極から氷がなくなっていくのは歴史の必然?
洞爺湖サミットにても結局、2050年と彼らの次々世代に対しての約束事でさえ、中国、インドからの前向きな発言を日本国首相は得られなかった。

これは宮部流必然説でもなんでもなく、まさに我々の目の間の現実そのものなのだ。
歴史のこの未来の必然の行き先はこのまま推移すればもうほとんど見えていると言っても過言ではないだろう。

最後に、それでも我々には我々の子・孫の世代のためにもその必然の未来を変えるための努力をする義務があるはずだとこころから思う。


蒲生邸事件 宮部みゆき 著


17/Jul.2008
長い長い殺人 宮部みゆき

語り部が財布なのですよ。財布。
刑事の財布が語り部。
強請屋の財布が語り部。
少年の財布が語り部。
探偵の財布が語り部。
目撃者の財布が語り部。
死者の財布が語り部。
旧友の財布が語り部。
証人の財布が語り部。
部下の財布が語り部。
犯人の財布が語り部。・・・。

最初の一話を読んだ時には、短編なのかと思いましたよ。
全部ちゃんと繋がっているのですね。
雑誌に掲載された頃は「十三の財布の物語」というタイトルだったそうです。
タイトルとしてはそちらの方があきらかにいいですね。
連載しているうちに10話で終わってしまったので、タイトルは「十の財布の物語」ではなく「長い長い殺人」になってしまった。
長い長い殺人なんてどんな殺人なんだ?と思ってしまいましたよ。

一話一話がそれぞれちゃんとまとまっているのは雑誌に一話ずつ載せていたからなのでしょうね。
それぞれの財布にも生い立ちがあったりしてやっぱり財布の物語なのですよ。

全体の展開は、保険金がからみ配偶者の殺人容疑といい、マスコミの騒ぎ方といい、あのロス疑惑事件を彷彿とさせてくれます。
ロス疑惑事件は、妻とロサンゼルス旅行中に暴漢に襲われ、妻を失った悲劇のヒーローとしてマスコミに登場するところから始まります。
その後、週刊誌の独自取材による報道で状況は一転します。
妻にかけていた莫大な保険金。それを目当てとした保険金殺人の疑惑。
以後この男の周辺にはいつもマスコミが殺到していたあの事件。

物語の展開はその正反対。
夫を保険金目当で殺害したのではないかと疑われる女性と妻を保険金目当で殺害したのではないかと疑われる男性。
しかも両者は愛人関係にある。
犯人で間違いないだろうと散々疑われながらも物証は無し。

だがマスコミは放ってはおかない。
犯人に間違いないだろうと、二人に押し寄せる。
ところが思わぬところから別の物証が出て二人の犯行では無かった事になるとこれまで散々犯人と決め付けていたマスコミは逆に彼らを悲劇のヒーローとして更にマスコミに登場させる。
ロス疑惑とは反対の展開ながら毎度ながらのマスコミの取る対応。持ち上げるだけ持ち上げておいて、落とすところまで落とす。
犯人扱いで過熱しておいて一転ヒーロー扱いで持ち上げる。その構造は同じか。

「あるじよ。その金を受け取ってはいけない。その金で私をふくらませてはいけない」

財布に「あるじよ」と呼ばれるほど私は財布を長持ちさせた事があるだろうか。
少年と呼ばれた頃から数えて一体いくつ財布をなくした事だろう。
大抵はいつなくなったかさえわからないが、気がついたらなくなっているというケース。
サウナでなくした時の事だけははっきり覚えている。
一杯飲んだ後、サウナで一泊して翌朝仕事場へ直行。通勤ラッシュに遭遇せず、ゆっくり朝の時間を過ごせる結構効率的な手段だ。
そのサウナの仮眠室で一泊して翌朝清算をしようとしたらポケットにあるはずの財布が無い。
隣に居た先輩に聞くと、
「そう言うたら、あのオッサンそれが目当てやったんかいな」
とわけのわからない事を言う。
「いやな、おまえが寝ている最中に横へ擦り寄って来たオッサンが居ったんや。てっきりそっちの趣味なんかいなぁ、と思てわくわくしながら見てたんやけど、眠とうなって寝てもうたんや」
そう言えば、目が覚めた時にいつも必ず首に巻いていたはずのロッカーのキーが何故か首には無く、頭の隣に垂れてあった。
その時は、さほど気にとめなかったが、何か違和感があった。
「でも、ええオッサンやないか。財布取ったあと、わざわざお前のとこまでキーを返しに来てくれたんやなぁ」
と妙なところを感心するこの先輩。
やはり只者ではない。
結局、清算は先輩にお願いしてその場だけは事なきを得たものの、その月はチョー金欠状態だった。

今持っている財布などは私にとってはかなり長持ちしてくれている。
財布がそこまであるじの事を気にかけてくれていたとは・・。

この本を読んでから財布を取り替えづらくなってしまった。

長い長い殺人 宮部みゆき著 カッパ・ノベルス


09/Feb.2008
名もなき毒 宮部みゆき

世の中にはいろんな毒があるが、もっともやっかいなには人間の毒。

結構な長編である。

主人公氏は金目当てで結婚したわけではない。
結婚相手がたまたま超巨大コンツェルンの総帥の娘だった。
結婚は当然反対されるだろうと思っていたら、すんなりとOKをもらえ、条件としてその企業の社内報の編集部に配属となる。

その編集部へアルバイトの補充で雇った女性が来るのだが、とんでもない毒女だった。

経歴は詐称しているわ、仕事は出来ないわ、注意すれば逆ギレしてアルバイトだから差別するのか、と怒りだし、怒鳴り出し、泣き出し、しまいには物を投げつける、とんだトラブルメーカーだ。

88倍もの応募があった中で選んだというんだから選考者の人の見る目を疑いたい。
前任者が明るい人で、その人の穴を埋めてもらうんだから、当然書類選考だけで選ぶはずはない。
面接をしてこの人なら、と思わせる何かがあったのだろう。
だとしたら、この毒女、相当に演技がうまかったのか。

編集長に向かって、あんたは人の上に立つ資格がない。無責任で無能だ。などと言い捨てて帰った後に出社しない。
そのまま、おとなしくやめるのかと言うとそんなやわなタマじゃなかった。
しばらく無断欠勤の後に現われたので編集長がクビを通達すると、編集長に向かって据え置き型のごついセロハンテープを投げつけて怪我をさせ、その上に、コンツェルンの総帥である会長宛てに編集部のあることないこと書き連ねた手紙を送りつける。
差別をされた。給与を払わなかった。クビだと脅された、セクハラをされた・・・。

これは物語のほんの序章にすぎない。

この本、シックハウス症候群、住宅地の土壌汚染、青酸カリによる無差別殺人事件、老人介護に悩む青年・・・など盛りだくさんのテーマを綴っているのだが、やはりなんといってもこの毒女の存在が一番強烈だ。

彼女、前職でも無断欠勤を心配して自宅まで来た小出版社の社長をストーカーだと訴え、その会社の信用を失墜させるのに成功している。

もっと前には兄の結婚式でスピーチを求められ、泣きじゃくりながら、兄から幼少の頃から性的虐待を受けていたなどと語り、花嫁を自殺に追い込み、親も兄も仕事を失わせるほどのことをやらかしている。

自分だけ幸せになって行く兄が許せなかったのだそうだ。

嫉妬や妬みだけでこれだけのことを成し遂げられるものだろうか。

そのバイタリティーを仕事に活かすなり前向きな事に活かせば、相当優秀なキャリアウーマンになれただろうに。

いや、結婚式場に居た全員を凍りつかせるほどのその演技力、やはり女優が向いているのか。

こんな極端な例はまず実在しないだろうが、人間、生きていれば多少なりともこれの縮小版みたいな毒を浴びることもあるのだろう。

シックハウスにしろ、土壌汚染にしろ、青酸カリにしろ、ずれも「毒」がキーワードなのだが、人間の持つ毒が一番恐ろしい。

そんなことを無理やり考えさせられるような本なのでした。



名もなき毒 宮部みゆき 著


17/Aug.2012
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