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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Jun.2011
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マリアビートル 伊坂幸太郎

『グラスホッパー』の続編とも言えるお話。

グラスホッパーを読んだのはかなり以前になるが、登場人物の個性が強烈だった印象がある。
その男を前にすると自殺せざるを得なくなる自殺屋だとか。
誰にも気づかれずに「押す」行為だけで事故死を実現させてしまう「押し屋」。
その人は今回も登場するのですが、キャラとしては前回の方が鮮烈だったように思える。
とはいえ今回のマリアビートルの登場人物のキャラもなかなかどうして。
機関車トーマスのことならなんでも知っている、というよりトーマスとその仲間たちにしか物事や人をなぞらえることの出来ない檸檬(レモン)という殺し屋。
殺し屋という呼称から受けるイメージとは程遠いキャラばかりなので殺し屋ならぬ仕事師と呼ぶことにしようか。
その相棒で檸檬の相棒で文学青年の蜜柑。
何をやってもついてない、情けない男のようで案外、土壇場に強い七尾。
アル中の元殺し屋の木村。

なんと言っても最悪なキャラは王子という中学生。
ルワンダでのフツ族によるツチ族への虐殺の本を読んで、その虐殺を「面白い」と感じ、人がいかに扇動されやすいのか、いかに周囲に同調してしまうのか、いかにして人をコントロールするのか、人をいかにして絶望の淵へ追いやれるのかを学び感激する。
人をいかに自在に操るのか、そういう術を学ぶのが異様に早い。
健全な優等生の面をしながらも「悪意・残虐」そのものが歩いているようなヤツ。

格好いいのは、引退したはずの伝説の仕事師。
寝ているところを起こされるのが最も嫌いで、睡眠中に起こされると怒って相手を撃ち殺してしまう、他人が起こされるのを見ても腹が立つというのがその伝説。

東北新幹線の中で一つのトランクを巡ってのドタバタが東京から盛岡までの道中で繰り広げられる。
ツキの無い仕事師は上野で降りるはずが降りられず、大宮で降りるはずが降りられず、仙台もあきらめ、結局ドタバタ劇の最後まで付き合うはめに。

機関車トーマスに詳しい檸檬が王子をディーゼルに例えるあたり、仕事師の感はなかなかにするどい。
ディーゼルがどんなタイプなのかを知りたい方は機関車トーマスでもご覧になって下さい。

ツキの無い七尾はまたの名を「てんとう虫」と呼ばれる。
てんとう虫は英語でレディビートルと呼ばれ、そのレディとはマリア様のことだということは、この本のタイトルはツキの無い男、七尾だったのか。

それはともかくも、こんなに楽しい殺し屋さんたちの物語があるだろうか。
グラスホッパーを再読してみたくなってしまった。


マリアビートル 伊坂 幸太郎 著  角川書店


29/Jun.2011
人質の朗読会 小川洋子

地球の裏側の某国の山岳地帯の村で、日本人観光客ら八人が反政府ゲリラに襲撃され、そのまま人質として拉致されてしまう。

何ヶ月間かの膠着状態の後、裏取引ではなく軍と警察が強行突入。
犯人グループは全員射殺されるが、人質の人たちも爆破によって全員死亡してしまう。

そんな悲惨な事件を扱った物語だったのか。
小川洋子さんらしからぬ出だしに少々驚くが、その犯人アジトを盗聴していたテープが見つかり、そのテープの中に八人の人のそれぞれの朗読が残されていた。

この本は、日々銃を突きつけられたであろう人質という状態にあった人たちがそれぞれ身を寄せ合いながら、一人一人が自分の思い出を朗読するという八編の小編の集まりだった。
正確には現地の兵士の思い出もあるので九編ということになるが。


それぞれはなんでもない話ばかりのようにも思えるが、その人個人にとっては忘れられない話ばかりなのだろう。

近所の鉄工所が実は物を作る場所ではなく物を破壊する場所だとばかり思い込んでいる少女とその鉄工所の工員さんとのやりとり。

到底売れないだろうと思われるぬいぐるみを露天で売っているおじいさんとのやりとり。
ビスケット工場に勤める女性の朗読は、アルファベットの文字のビスケットを作る工場で働いている女性が欠品になったものを持ち帰り、お金に執着し、整理整頓を生きがいとする大家さんとseiriseiTonなどと机に並べては最後に食べる、大家さんとのやりとり。

母親の留守中に台所を貸して欲しいという隣の娘さんがその母親のために作るコンソメスープのお話。

紳士服店でアルバイトしていた人がなぜかその人だけに親切にしてくれるお得意さまがいて、アルバイトを辞める時に周囲の誰からも惜しがられたりしなかったのに、そのお得意様はわざわざ花束を持って来てくれる話。

なんだろう。
一編一編はそれぞれはなんでも無い話のようで、何故だか心に残るものがある。

死というものを目のまえにした人たちがそれぞれこれまでの人生の中での一番の思い出を語る。
だからこそ心に響くのだろうか。

もちろん、ドキュメンタリーなどではなく小説なのではあるが・・。

槍投げの青年の話などは、単に槍投げの選手が槍投げをしていた、というだけの話なのだが、その一挙手一投足に感動してしまう。
その一挙手一投足を観察することがその人の人生を変えたのだ。

人質の人たちは40代、50代の人を中心に60代や30代の人も20代の人もいる。
それまでの40年間、50年間の人生の中で、その瞬間が人生を変えるに等しい瞬間だった、そんな一コマを一人一人が語っている。

もちろん実話ならこの短編のように一編一編は綺麗にまとまった話では無かっただろう。中にはしどろもどろになりながら、中には途中で話が行きつ戻りつしながら、もっと時間をかけた長い長い話になっていたのかもしれない。


それでも、日本語のわからない盗聴していた兵士の心にもその朗読は響いてしまう。
その上官はその朗読を「深遠な物語」だと兵士に語る。

小川洋子さんはなんという物語を描いてしまうのだろう。
このそれぞれの小編の中のそれぞれの何十年間の人の人生を凝縮してしまうなんて。

こうして読み終えてあらためて自分を振り返ってみてしまう。
果たして、そんなところで語れる人生を凝縮した話など出来るだろうか。

自分にとってのそんな瞬間とはどの瞬間だったのだろうか。
そんな風に自分を考えさせてくれる本なのでした。

人質の朗読会 小川 洋子著 中央公論新社


20/Jun.2011
砂漠 伊坂幸太郎

この本は以前にもUPされているかもしれないが、重複もたまにはいいだろう。

自分も以前単行本で読んだ覚えがある。読んですぐにブックオフにでも処分してしまったのだろう。

昨年文庫化されたと知り、あらためて読んで見て西嶋という男の素晴らしさに感激してしまった。

なんでだろう。
以前読んだ時のイメージはおそらく「うざい男」ぐらいのイメージしか持ち合わせなかったように記憶しているのに。

世界平和のために自分の出来ること。
麻雀で「平和」(ピンフ)という安い役があるのだが、ひたすら「平和」で上がることに固執し続け、毎回最下位の位置をキープし続ける。

それだけ読めばなんのことかわからないだろうが、西嶋という男は自分で出来ることをやり通すのだ。
しかも常に堂々としている。

「とにかく救ってあげればいいんですよ。」

という言葉通り、たまたま見つけてしまった動物保護センターのWEBサイト。
飼い主からはぐれてしまった犬の飼い主を捜すサイト。
そこは新しい犬で日々更新されて行き、その登録期限が過ぎれば、おそらく処分されてしまう。
そのサイトを見てしまった同級生の主人公氏は西嶋ならどうするんだろうな、と考える。結局、世界平和を、といくらいったって目の前の捨て犬の命一つ救えないんだろう、と。
あにはからんや、西嶋は救ってしまう。自分が飼い主だと名乗り出てしまうのだ。
「そんな!次から次へと犬を飼い続けるつもりなのか?」
に対しては、
「次からはあのサイトは見ないことにする」
という解決策を持っていた。

見てしまった以上は救い出さねばならない。
有言実行の男としてはそれ以外見てしまうわけにはいかないのだ。

駅前で募金をしている人を見て、ちゃんと届けられるのかどうかわからないし・・・としり込みする輩には、四の五の言わずに募金をしてあげればいいんだ、と切って捨てる。

過去のこととか先のことはどうでも良い。今できることをやるだ。
今、目の前で泣いてる人を救えない人間が、明日世界を救えるわけがない。
偽善は嫌だとか言っている奴に限って、自分のためには平気で嘘をつくんだ。

西嶋の考え、言動、行動は常に王道だ。
だが、その王道の考えの対極に居るのが大抵の連中で、世界平和だ!言ってろよ、と。
今、目の前で泣いてる人がいても見て見ぬふり。

それがどうだろう。
この3.11を境にして日本人は変わって来たんじゃないだろうか。
大抵は西嶋と対極に居たはずが、西嶋に近づいているんじゃないだろうか。

ゴールデンウィークには現地で断らなければならないほどボランティアの人が集結した。
いたるところで集めている義援金。
支援物資を送る人も大勢いた。
皆、今出来ることをまずやろう、としている。

震災後のテレビニュースにて、津波研究を専門とする学者が現地を取材している映像があった。
その手前で大きな余震があったのだろう。
遠くからその津波学者を目がけて、「逃げてー!」「逃げてー!」と女性が叫びながら走って来るのだ。
「津波が来るかもしれないから、とにかく早く逃げてー!」と。

自らが安全な場所にいて「逃げてー!」と叫んでいるのではないのだ。
彼らのいる場所まで走って来るのだ。
その映像を見た瞬間、あまりのことに慄然としてしまった。

彼らのところへ津波が来るのなら、自らも呑まれてしまうであるはずの場所に自ら駆けつけてまでしてでも人を助けようとするその女性。
自分のことはともかくも人を助けようとする。

西嶋と同じ魂か。
いや、もはや西嶋どころではない。

東北の人たちの強さ、優しさには本当に心を打たれる。

その強さがあまりの長期間の無策で萎えてしまわないことを願わずにはいられない。



砂漠 伊坂幸太郎 著


16/Jun.2011
ねむり 村上春樹

いくら眠ろうとしても眠れない。
眠ろうと意識すればするほど、逆に目が覚めてくる。

そんな経験をしたことのある人は多いはずだ。

この主人公の女性、最初はそうして眠ろうと努力するのだが、途中から眠ろうと努力することをやめてしまう。

図書館へ行って眠りというものについてのある学説に出会ったのだ。


人間は知らず知らずの内に自分の行動パターンを作り上げてしまう。
一度作り上げた傾向はよほどののことがない限り変更出来ない。
眠りこそがその傾向のかたよりを中和する。

普段の傾向って、単なる家事じゃないか。
単なる家事による傾向とその是正、ならばいっそのこと眠りなど要らない。


朝、ご主人と子供を送り出し、買い物をし、午後にはスポーツクラブでたっぷり1時間スィミングをする。
子供と夫が寝てからの時間。
それが彼女の自由な時間。
誰にもじゃまされることのない、彼女だけの時間。

彼女はその時間を使って読書をする。
ブランディーを片手に「アンナ・カレーニナ」を何回も読み、トルストイのみならずドフトエフスキーなどの長い長い物語に浸ることを続ける。

そうして全く眠らない日々を一週間送り、ニ週間送っても、眠気が来たりまどろんだりもせず、衰弱するでもいない。
それどころか、ますます身体にはりがあり、若返っている自分に気がつく。


この本の独特なところは、二〜三ページに一枚ほどの割で登場すつ精密な筆致のイラスト画だろう。決してライトノベルのようなアニメっぽいイラストでなどではない。

この本、そもそも短編として書かれたのは「ノルウェーの森」を書いた直後だった、と村上春樹氏はあとがきにて述べている。

単行本化したのはドイツにおいての彼の出版元であるヂュモン社なのだそうだ。
村上春樹氏ともなると、各国に自分の出版元を持っているのだろうか。
その出版社がもともと美術書を出す会社だったので、このような作りとなったらしい。

日本で出版するにあたって内容もかなり書き変えたのだという。

眠れない方は読んでみて下さい。

ロボットじゃないんだから、やっぱり眠ろうって思いますよ。きっと。

ねむり  村上春樹 著


11/Jun.2011
犯罪小説家 雫井脩介

最近やけに新聞の広告を目にしたものだから、新刊だとばっかり思っていたら、2008年刊行の本でした。
ストーリーとは別にまずそこを驚いてしまいました。

それとこのタイトル「犯罪小説家」。
あれだけバンバン広告打たれて、このタイトルなら期待度は上がってしまうのはもはや必然でしょう。
今後も広告を打つのかどうかは知りませんが、広告を打つということはさらなる読者を獲得しようということなのでしょう。

ですので事前に申し上げておくと、過度の期待を先入観として持ってしまうと少々期待外れになってしまうかもしれない、ということは言えるでしょう。

逆に過度の期待などこれっぽっちも持たずして読んだ方には、なかなか面白いじゃないか、という感想になるのではないでしょうか。

ミステリー系の新人賞をとってから三年目の作家が五作目にして出した本「凍て鶴」。
これが評判が良く、映画化の話が次々と舞い込んで来る。
その評判の良い本のあらすじも本の紹介されていますが、これがそんなに評判になるのかな?という筋立て。

美鶴というヒロインの描き方がよほど魅惑的でうまかったのでしょう。
それぐらいしか考えられない。
その映画化に当たって、超売れっ子の脚本家が名乗りを上げて、その脚本家の書いてくるプロットも紹介されているのですが、これがまた原作とは全く別物じゃないの?
というプロット。
その時代に生きた主人公が30年後からタイムスリップして来るという話になっている。原作者はそのあたりを突っ込むのかと思いきや、最後が主人公とヒロインが心中して終わるところだけを嫌がる。

そしてこの心中、自殺、というキーワードでこのそもそもの本「犯罪小説家」は成り立っている。

「落花の会」という名の自殺系サイトを運営していたメンバと作中のメンバをなんとか結びつけようと脚本家はしようとするわけですが、このあたりからこの本「犯罪小説家」は、犯罪を犯す小説家云々よりも「落花の会」という自殺系サイトメンバの動向、その主催者の生き様、などにの主題が移って行った感があります。

いずれにしろ作者は自殺サイトなるものをかなり研究したり取材したりしたのかもしれませんね。
で、なければこれだけのページ数をその話題だけでを割けないでしょう。

そこはそれなりに読み応えがある、と言っていいでしょう。

ですが、そもそもはこれだけリアルな殺人の描き方を実際に体験したことの無い人間に描けるはずがない、という自ら筆を取る脚本家の強い思い込みがストーリーを展開して行く。

そんなことを言い出したら犯罪にリアルな表現の作者は、実際に犯罪者なのか、となるわけですが、まぁそのあたりを読者に問うてみたいのでしょう。


まぁ、この本については賛否両論あるでしょうね。
冒頭に申し上げた通り、過度に期待して読み始めた人ほどその落差をののしりたくなるでしょう。
ですので、これから読まれる方には、さほど期待せずに読まれることをお勧めします。
ならばおそらく「面白い!」という感想になるでしょう。


犯罪小説家 雫井 脩介  著


08/Jun.2011
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