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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Dec.2017
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夜明けの街で 東野圭吾
楊家将 北方謙三
八日目の蝉 角田光代
陽気なギャングが地球を回す 伊坂幸太郎
ようこそ、わが家へ 池井戸 潤
幼女と煙草  ブノワ・デュトゥールトゥル
洋梨形の男  ジョージ・R・R・マーティン
横道世之介 吉田 修一
吉田キグルマレナイト 日野俊太郎
夜の国のクーパー 伊坂幸太郎
よろこびの歌 宮下奈都
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夜明けの街で 東野圭吾

ざっとあらすじ

主人公の渡部には妻と娘がいる。結婚生活は穏やかで、不倫をして家庭を失うような男は馬鹿だと思っていた。
しかし、契約社員として入社してきた秋葉とあるきっかけで親しくなり、深い仲になっていく。
やがて渡部は、秋葉が15年前に起きた殺人事件に関係している事を知る。時効を目前に二人の関係と事件に変化が起ころうとしていた。

不倫とミステリーが混ざったらかなりハラハラドキドキものになるのではないかと思ったのですが、期待はずれでした。
それは不倫相手の秋葉や渡部の妻があまりにも非現実的な女性に思えて、物語に入り込むことができなかったからだと思います。
だからなんとなく秋葉が関わる事件にも興味が持てず、その結末にも驚きや感動を感じられずに終わってしまいました。

でも主人公渡部はすごくリアルに描かれていました。
不倫などしないと思っていた気持ちが秋葉に惹かれるにつれて変わっていく様子や、後半秋葉に対して恐れを抱き始めるところなど、共感はしたくないけれど人間ならありえることなのだろうなと思わされてしまいました。
弱くずるくなっていく様子が本当にリアルで、嫌な気分になるほどでした。

事件の真相がわかり、渡部と秋葉は別れます。
そして渡部は家庭に戻り、妻が不倫に気づいていたことを知ります。
妻が渡部のいない間に握りつぶしていたらしいクリスマスの飾りを見つけることによって。
それに対して渡部がどうしたかわからぬまま物語は終わりますが、この流れだと気づかなかった振りをして平然と暮らすのかなと思いました。

やはりこの結末にはかなり無理がある気がしてしまいます。
握りつぶすくらいならもっと前に何か言いそうなものだし、もう少し人間らしいリアクションが他にもあったほうがおもしろいのにと思いました。
渡部とストーリーに都合よく女性が描かれすぎているのが残念でした。

私としては「夜明けの街で」の番外編、友人新橋の物語のほうがおもしろいと思いました。
本編では渡部の不倫を止めながらも協力してくれる友人として登場する新橋の、かつての不倫物語。
奥さんの気持ちも不倫相手の気持ちも女として理解できて、それに疲れる新橋の気持ちも理解できました。
新橋がどうして不倫に対して助言やアリバイ作りが上手だったのかがわかって笑えます。
そんなこんなで、ミステリー要素が吹っ飛ぶくらい不倫一色の物語。
不倫なんて物語の中だけに存在していてほしいと思ったのでした。



夜明けの街で  東野圭吾 著


22/Sep.2011
楊家将 北方謙三

宋の時代のお話。
宋という国、春秋時代にもその後も中国の歴史には何度も登場する。
この話の宋という国は日本の歴史で言えば遣隋使、遣唐使が小国乱立の時代で一旦途絶え平清盛の時代に日宋貿易という形で再び登場するあの宋の前身。五代十国を統一した宋だろう。
その後に日本の歴史に顔を出すのは蒙古襲来のモンゴル帝国、室町幕府と日明貿易をする明。

中国という国、いったいどれだけ王朝の数がめまぐるしく変わったことだろう。日本もその間、奈良・平安・鎌倉・室町と武家の棟梁は変わって行っても王朝はずっと継続している。
四川省の大地震の発生で話題から消え去った観のあるチベット問題。あの問題の根っ子は何より中国の同化政策に他ならない。
中国の同化政策というもの今に始まったものではない。この長い歴史の中で王朝が変わる都度、同化政策は行われて来ただろうし、他国の版図を奪う都度行われて来ただろう。中国の歴史はまさに同化政策の歴史と言ってもいいのではないだろうか。
周辺民族に対しての同化政策も同様で中には進んで漢化して来るような国もある。
北方の民族は同化される事を嫌った側である。宋にとってのその北方の敵が遼。

宋は統一したといっても燕雲十六州と呼ばれる北京を中心とした万里の長城の南側の一帯は遼という国の版図のまま。
宋の帝はこの燕雲十六州を奪回することを悲願としている。

その遼との国境の守備を一手に引き受けたのが楊一族。
楊一族というのは楊業という有能な武人とその7人の息子達。
7人全てが軍人としても将として有能なんてあり得るのだろうか。
7人いれば、文学の好きな人や政治の好きな人などそれぞれ個性が出てきてもよさそうなものだ。
それは代州という楊業の封地が他の選択肢を見つけられるような土地柄では無かったからだろう。
都に住んでいたならそれぞれの生き方を選んでいたのかもしれない。
とはいえ、息子達もそれぞれに個性がないわけではない。
長男の延平は父親の気持ちを一番良く理解し、父親の留守中は兄弟のまとめ役になる。
七郎は馬と愛称が良く馬の面倒を良く見、馬と会話をするほどの馬好き。
六郎は兵士達を大切にする誰よりも兵士達から愛される将。
四郎は兄弟の中では長男の延平以外とは相性があまり良くない。孤高の人。
ものの考え方のスケールが大きく、四郎が楊一族の棟梁だったなら、人に使われての戦をするぐらいなら、と楊国という独立国を興していたかもしれない。

楊一族の敵である遼という国、なかなかにうまい政治を行う国である。
徴兵制度があり、若いうちに必ず軍人としての調練を何年か経験し、その後いざ戦となれば、国民皆兵となる。
国民が全て兵なのだから敵が何万の兵で来ようが何十万の兵で来ようがそれに匹敵する部隊をすぐさま召集することができる。
半農の軍というのは効率がいい。
専任の兵であれば、それらを食わせるだけでもかなりの国家予算を投じなければならないが、半農であれば、戦がある時だけ召集すれば良い。それも徴兵で一回は鍛えた連中だ。数日間、調練をすることですぐさま臨時の軍隊が出来上がる。
また、南船北馬というぐらいなので北部の質の良い馬に恵まれているので騎馬兵部隊はかなりの精強軍である。
後のモンゴル大帝国の礎を築いたのはこの騎馬兵部隊なのではないだろうか。
とにかく遼という国恐ろしく強い。

楊一族もそれに対抗出来る様に、六郎と七郎には騎馬隊を組織させる。
また四郎には楊一族の別働部隊としての役割を与え、四郎も優秀な騎馬隊を組織する。
楊一族は調練を怠らず、毎日の様に味方同士で剣を木刀に変えての模擬戦を実施する。
それ故に楊業とその息子たちもまた強く、胸のすくような戦を展開していく。

遼にも耶律休哥(やりつきゅうか)というたった5千の兵で5万の兵に匹敵すると言う名将がいる。この人も孤高の人で全身が白い毛で覆われていることもあって「白き狼」と呼ばれる。
この名将VS無敵の楊一族の戦はこの本の見どころの一つだろう。
遼の側のもう一人の魅力ある人物はこの国を実質的に支配している蕭太后という人。
后なので帝ではないが次から次へ帝が若くして死んでしまたために幼帝の後見人という立場だが、実質的には支配者である。

宋の帝の悲願が燕雲十六州の奪回なら、遼の悲願は中原の支配である。
蕭太后もそれは同じ。それだけではなく、この蕭太后という人、戦についての分析力に長けている。
男であったなら、武帝として名を残したであろう。

それに比べると宋の方はどちらかというと武にはうとい。
楊一族が居なければ、蕭太后はいともたやすく中原を手に入れていたのではないだろうか。
宋という国は文化的にもかなり発達していた国だろう。
宋は今でいうシビリアンコントロールの国なのである。
その中にあっての武人の立場はあまり強くはない。

特に楊業という男は戦をするためだけに生きているような男。
生粋の軍人である。
政治の世界には一切口出しをしようとしない。

そのシビリアンコントロールのためか、またまた都の臆病な将軍のためか、楊業の最期は無惨としか言いようがない。

この戦の時代でのシビリアンコントロールは少し時期尚早だったのかもしれない。

楊家将<上・下巻> 北方謙三 著


25/May.2008
八日目の蝉 角田光代

ざっとあらすじ。
愛人の子供をあきらめたことで子供が作れなくなった希和子は、愛人宅へ忍び込み、発作的に愛人とその妻の子供を誘拐して逃げてしまいます。
警察から身を隠すため怪しい宗教団体に身を潜め、その団体を出てからも見つからないように生活しますが、3年半の後に逮捕されます。
物語は誘拐された子供、恵理菜の物語へと続き、理菜も希和子と同じように妻子ある人の子供を身ごもってしまいます。
そのとき恵理菜は何を思うのか・・・というようなお話。

愛人と愛人の妻への憎しみ、そして子供を持てなくなったことで余計に強くなってしまった母性が爆発して、子供を誘拐してしまった希和子。
トイレで髪を切り、一人の女性として幸せを望んでいた日々にもう戻れないことを感じたのか、愕然とします。
誘拐した子供を「薫」と名づけ、親友や見知らぬ女性の家、宗教集団を転々とします。最初は逃亡する難しさからで薫を置いていくことも頭をよぎりますが、薫と過ごすうちに母親としての愛情が芽生え、薫との日々を守りたい一心で逃亡するようになります。
希和子のしていることは大きな犯罪ですが、希和子のつらさ、そして薫に対する愛情の強さが伝わってきて、読み進むうちに希和子の気持ちに寄り添ってしまうようになりました。
でも誘拐された子供にとっては許せる話ではない。
母親だと思っていた人と突然引き剥がされて、本当の母親という人の元へ連れて行かれ、そこからついに馴染む事が出来なかった子供の気持ちを考えるといたたまれない。

とても心が痛くなる物語なだけに、どこかに救いはないかと探しました。

そして考えたのは「母性」について。

母性の強さが犯してしまった犯罪かもしれないし、母性によって希和子は薫を自分の娘として愛して、母親としての幸せを感じることができた。
愛人の妻に「空っぽのがらんどう」だといわれたことを希和子はずっと許せなかったのですが、逃亡している間、薫の存在によって自分からあふれてくる愛情を実感して、「空っぽのがらんどう」という言葉から解放されていたのかもしれない。

そして薫(恵理菜)も母親になることによって何かを許せるようになるかもしれない。

重く辛いテーマでも、最後に何か明るい光を感じられたのは、「母性」の持つ力に希望を感じられたからかもしれません。




八日目の蝉 角田光代 著


28/Oct.2011
陽気なギャングが地球を回す 伊坂幸太郎

「ロマンはどこだ」
彼らが何かを起こす時の合い言葉です。

人が嘘をついているかどうかを瞬時に完璧な確率で見抜いてしまう才能を持った男。

人間より動物を愛するスリの天才。

まるで身体のなかにストップウォッチを持っているかのような人。

本当の事は滅多に言わないが一旦話し出すと人を引き付ける演説の名手。

こんな異能達が集まれば、そりゃなんかやりたくなるでしょう。


体内時計人間の雪子。
CDを聞いて「曲が始まってxxx秒のところで誰それのトランペットが飛び込んでくるところが最高」なんて感想を言うやつが居たら、ちょっとびっくりしますよね。
石田衣良のコラムだったか、小編小説だったかに完璧なタイムキープを求められるアナウンサーの女性の話がありましたが、どうもそんなレベルではないようです。
食事の用意に昨日よりxxx秒、余分にかかった、なんて気にしている単位がまず違う様な気がする。
この雪子は運転手としては最高の腕前で、尚且つ体内時計のおかげで下見をした道筋なら赤信号に一度もつかまらずに青信号の道だけを選り抜いて走るので非常に効率が良い。

嘘つき演説男の饗野はかなり人間的魅力の溢れる男。

人間嘘発見機の成瀬と饗野とのかけ合い。
動物好きスリ名人青年の久遠と饗野とのかけ合い。
饗野の妻である祥子と饗野とのかけ合い。

どれも漫才みたいに面白い。
饗野という人、面白い会話の時には欠かせない存在のようです。
饗野の妻である祥子の会話、33分探偵の探偵助手の女性を思い浮かべてしまいました。
「俺たちの金を・・」「だから、それはもともと銀行のお金だって」
「犯人はあなただ」「だから最初からみんなそう言ってるって」
なんか雰囲気が似てる気がする。


人間嘘発見機男の成瀬。
嘘が見抜けてしまうだけでなく用意周到。下準備を怠らない。いつでも沈着冷静なのは、答えを知ってしまっているからだろうと饗野。
しかし、他人の嘘が全て見抜けてしまう、というのはどうなんでしょう。
詐欺師に騙される心配は無くてよいかもしれませんが、日常会話の中にはいつも些細な嘘や誇張があるでしょうに。それらが全て見抜けてしまうというのはあまり面白い人生じゃなくなってしまうんじゃないんでしょうか。
第一、洋服だって店員の居る店では買う気がしなくなってしまうってことはないのかな。
全部、通販なんて面白くないですよね。
そんな気にもなりかけましたが続編の『陽気なギャングの日常と襲撃』で成瀬の役所での仕事ぶりが出てきます。
それを読めばそんなことも杞憂であることが良く分かります。


軽快なテンポ。
あざやかな犯行。
ちょっとだけ知的好奇心をくすぐられる様な楽しいやりとり。
伊坂節とでも言うのでしょうか。
なかなか楽しめる小説です。


ちょっとだけ抜粋。

「変わった動物は保護されるのに奇妙な人は排除される」(雪子)

「神様が世界をたった7日間で作れたのは好奇心のおかげなんだよ」(饗野)

「『人を見たら泥棒と思え』という言葉は泥棒自身が考案したものだろう」(雪子)

「あなたみたいなのが仲間だったら、わたしの血を吸いに来た蚊は恩人に違いない」(雪子 → 地道(雪子の元亭主))

「友よ、僕は生涯嘘をついてきました。真実を言っていた時にも」(祥子がドストエフスキー の『悪霊』を引用して饗野を語る)

やはりこういうのは抜粋してみても面白さは伝わらないですね。
流れの中で読んでいると面白い言い回しだな、などと感心しまうものなのですが・・。

あと盗聴を商売にしているのか、合鍵作りを商売にしているのか、引き篭もりの癖に情報通で、何でも知っている男。変ったものを作っては人に売りつけたりする。

フラッシュをたかないカメラ。=饗野の妻曰く「巻き戻せないビデオデッキ」みたいなものなのだそうです。

外から中へ人を監禁する事が出来る車。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のグルーシェニカから命名されて、その名もグルーシェニカー。紹介された時は、誰が買うんだと相手にされませんが、「巻き戻せないビデオデッキ」も「グルーシェニカー」も結局役に立ってしまう。


上にも書きましたが『陽気なギャングが地球を回す』の続編に『陽気なギャングの日常と襲撃』が出版されています。

地球を回すが面白かった人には、こちらもお勧めです。

陽気なギャングが地球を回す  伊坂幸太郎 著


21/Oct.2008
ようこそ、わが家へ 池井戸 潤

主人公氏は銀行からその取引先の企業へ総務担当部長として出向してきた出世街道からはずれた男。
元々が銀行マンであるところが、池井戸潤らしいところ。

この主人公氏は小心者で、小心者の主人公男が珍しく、人に注意をする。
電車の乗車時に皆が並んでいる中、並ばずに割り込みをかけて来た男に注意し、その車両への乗車を阻止する。

ところが、その男、何を思ったか男は電車を降りてバスに乗り換える時にも乗車してくるではないか。
明らかに後を付けて来る。

電車で注意された事を根に持ってわざわざ付けて来るか?
それだけじゃない。

バスを家から離れたとことで降りて、走って家へ逃げ帰るのだが、翌朝には庭の花壇が踏み荒らされている。

さらに次の朝には郵便受けに重症を負わされた猫が入れられ・・。

これは気持ち悪いというよりは怖いな。

さらに次は車が傷つけられる。

家族しか知らないところにある封筒からお金が数枚抜き取られている。

こうなると怖いというよりは怒りだな。

こういうことが家で起こっている間に出向した先の会社では、どうも営業部長に不審な行為が見受けられるようになり、社長へも意見具申をするが、社長にはあくまでも一銀行員=他所者としか見てもらえない。

ここでも、普段なら余計なことはしないのが信条の主人公氏、部下の女性の叱咤激励に励まされ、とうとう営業部長の意図的な背信行為の真相に辿りつく。


この作家、銀行ものではヒットを飛ばしている。
大ヒットの「倍返し」などはその代表作なのだろうが、この作品、「倍返し」のような強さやインパクトは無い。
普通の人が普通に生きていてちょっと普通じゃないことをやった時の見返りの恐怖。
こちらの方が作品としての魅力は大きいなぁ。



ようこそ、わが家へ  池井戸 潤 著


03/Jul.2014
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