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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
May.2017
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コーヒーが冷めないうちに 川口俊和
珈琲店タレーランの事件簿 岡崎琢磨
珈琲屋の人々 池永 陽
恋物語 西尾 維新
甲子園への遺言 門田隆将
荒神 宮部みゆき
光媒の花 道尾 秀介
幸福を知る才能 宇野千代
幸福の王子 オスカー・ワイルド
黄落 佐江衆一
香乱記 宮城谷昌光
降霊会の夜 浅田次郎
虚空の冠 楡周平
黒笑小説 東野圭吾
告白  湊かなえ
小暮写眞館 宮部みゆき
木暮荘物語 三浦しをん
骨音 池袋ウエストゲートパークV 石田衣良
湖底の城 宮城谷昌光
寿フォーエバー 山本幸久
ことり 小川洋子
小林多喜二 21世紀にどう読むか ノーマ フィールド
暦物語 西尾 維新
コンニャク屋漂流記 星野博美
コンビニ人間 村田沙耶香
ゴールデンスランバー 伊坂幸太郎
GOTH 乙一
悟浄出立 万城目学
五峰の鷹 安部龍太郎
御免状始末 - 闕所物奉行 裏帳合(一) 上田秀人
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コーヒーが冷めないうちに 川口俊和

実に軽い読み物。

一時間程度で読めてしまった。

とある喫茶店の都市伝説にまつわる話。

特定の席に座ると過去に戻っることが出来るという。

但し、条件が厳しい。
過去に戻っても、その特定の席を立って移動すると、即座に現在に戻る。
その喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない。まぁ席から移動できない以上、当たり前と言ったら当たり前。


あと戻れる時間。
コーヒーをカップに注いでから戻り、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ。
それ以上、そのまま戻らないと、地縛霊のような幽霊になってしまう。

実際にその特定の席はいつも同じ女性が占有しており、使えるのは、一日一回その女性がトイレに行った時だけ。
で、その女性はコーヒーを冷ましてしまった幽霊なんだそうだ。

その喫茶店をめぐる四話。

・「恋人」
 彼氏にフラれた女がそのフラれる瞬間に戻る。
・「夫婦」
 認知症を患って、妻の顔さえ思い出せなくなった男の妻が夫の記憶のまだある瞬間に戻る。
・「姉妹」
 旅館を営む実家を飛び出して来た姉と残された妹、妹は姉に会いに来るが、姉はなかなか会おうともしない。そんな妹に不慮の事故が・・。
その妹に会いに戻る。

・「親子」
 この喫茶店のマスターの妻が妊娠。
しかしながら、病弱な妻は出産をしてしまうと自分の命が危うくなる。
出産を取るか、自分の命をとるかの選択肢を迫られた妻が過去ではなく、未来へと向かう。


ざぁーっと、かいつまんだ点だけを書きならべてみたが、感想は?と問われると、冒頭に書いた通り、なんて軽い読み物なんだろうの一点。

前宣伝が大きすぎて期待させられてしまうが、さほど泣ける話でもない。とにかく軽い。

タイトルのつけ方がうま過ぎるだろ。

コーヒーが冷めないうちに 川口 俊和著
25/May.2017
珈琲店タレーランの事件簿 岡崎琢磨

珈琲好きにはたまらない一冊だろう。

珈琲に関するうんちくがたんまりと盛り込まれている。


この本も京都の本屋大賞にあたる京都本大賞のBEST3の一冊。

珈琲店は御池通の京都市役所の辺り 富小路の角を北上。

主人公の行動範囲の中心は北白川やら出町柳あたりか。

いかにも京都の大学で学生時代を過ごした人らしい行動半径だ。

この本、『このミステリーがすごい! 』大賞を逃した作品なのだそうだ。

そりゃ、どう考えたって、いわゆる「ミステリ」とはちょっとジャンルが違うだろう。

珈琲店タレーランの女性バリスタは、謎解きが得意なのだが、その謎ったって、謎というほどのものでは決してない。

ご愛嬌なんだろうと思っていた。

主人公の傘が間違われた。さて、何故だ?ってミステリとは言わないだろう。

何故『このミステリーがすごい! 』大賞の候補にあがったのかの方がはるかに謎だ。

ミステリはジャンル違いかもしれないが、ちょっと美人のバリスタがハンドミルで珈琲豆をコリコリコリと挽いているのを何度も読まされてしまうと、久しぶりにハンドミルでちゃんと挽いた珈琲を飲みたくなってしまった。




珈琲店タレーランの事件簿  また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を 岡崎 琢磨 著


25/Dec.2013
珈琲屋の人々 池永 陽

読み終えた後、なんとなくほのぼのと心があったかくなる話である。

バブル全盛期ではどんなに場末だろうが、金融機関に動かされた地上げ屋が土地を買占めに来たものである。

この物語の舞台となる商店街もバブルの後期に地上げ屋が買い占めようとした場所。
地上げ屋の嫌がらせは嫌がらせの次元を超え、反対派のリーダーだった商店主の高校2年生の娘を集団で暴行して、自殺に追い込んでしまう。
それを吹聴している地上げ屋のリーダーに飛びつき、店の柱に頭をぶつけて死なせてしまった上、殺人罪の懲役を喰らった過去がある珈琲屋のマスター。

弁護士の意見も聞かず、
「本当に殺そうと思った」
「殺意が有った」
「ヤツを殺した事については反省はしない」
を裁判で貫いたため、本来であれば情状酌量の余地が有りとなるところ、そうはならず永い懲役を喰らってしまう。

そんな過去を持つマスターは 「自分は前科者ですから」 と控え目な姿勢を崩さない。

出所してくるマスターと時期を合わせたかの如くに嫁ぎ先から出戻りで帰って来る、幼馴染みの女性。


普段は客の少ないこの珈琲屋に商店街に暮らす人達の問題ごとが持ち込まれる。

それぞれが短編としてまとめっているのだが、この作者の素晴らしいところは、それで結局どうなった、の箇所を書かないところである。
そこから先は、読者のご想像にお任せします、というわけだ。

・クリーニング屋の主人の浮気を知った妻。
その妻が包丁を手にして主人とこの珈琲屋を訪れる。

・生活が苦しく父が自殺を考える父。それを知った娘の女子高生は援交をしてでも家計を助けようとするがやはり出来ない。
その援交を仕切る女子高生にマスターが言葉を投げかける。
前科を持ち、塀の中で人生の一時期を過ごした人間ならではの説得力。

・妻の介護に疲れる年金暮らしも元サラリーマン。
訪問ヘルパーが来る一週間の内の二日だけ、カラオケ仲間と息抜きをする。
そのカラオケグループで知り合ったひとまわり年下の熟女を好きになってしまう。
好きになったとたんに寝たきりの妻に死んで欲しいと思うようになる。
「人を殺すとはどういうことか、教えて下さい」
「人を殺すということは人間以外のものになるということです」
マスターは答える。
さてこの団塊世代の元サラリーマンの下した結論は・・・。

・友人の店で働く、計算高い損得勘定から離れられない店員の女性の話。
    ・
    ・
    ・
それより何より主人公とその主人公を愛する女性との成り行きにしても須く、その先はどうなったの?は常に読者の想像に委ねられる。

読者としてはその先を読みたい反面、これで終わってくれて良かったんだなぁと、納得させられる。

そして、自分は前科者ですから、と言いながらも皆から頼りにさせるこのマスターの暖かさに心打たれる。


この本の帯には「読み終わると、あなたもきっと熱いコーヒーが飲みたくなる・・・。」とある。

ひと昔前の「この映画を見たらあなたもラーメンを食べたくなるでしょう」という伊丹十三監督の映画を思い出してしまうような文字が並んでいるが、あの映画のようなラーメンを極める如くに珈琲を極める話ではない。

居心地のいいのが取り得の商店街の珈琲屋の物語である。

珈琲屋の人々 池永陽 著 双葉社


10/Jul.2009
恋物語 西尾 維新

あの傾物語でとことんカブいてしまってからの後も、作者のお約束通りに3月、6月、9月、12月とそれぞれ花物語、囮物語、鬼物語、で最後に恋物語と出版された。

それぞれのキャラクターが怪異から完全開放されて化物語が終焉して行くものだとばかり思っていた。

花物語では神原駿河のするがモンキーが終止符。
囮物語では千石撫子が終止符・・と。
鬼物語は忍の終止符で花物語で戦場ケ原に終止符がうたれるんだろう、と思っていたが、違った。

花物語では阿良々木君の卒業後が舞台でいきなり飛躍してしまって、傾物語の後にしては、少々肩すかしを喰らったような気分だったが、それなりに終止符。

囮物語では千石撫子が終止符のはずがこのキャラクターに最後の最後まで引っ張られた。

鬼物語は、第忍話 しのぶタイムなどとあるので、忍の終止符かと思いきや、これも違った。あにはからんや八九寺真宵の終止符だった。

少女不十分なんていう10周年記念なんかも間に入ってようやくこの花物語なのだが、なんでここに来て・・・。貝木泥舟が語り部だと。

終わる気ないだろ。

囮物語でメドウサならぬ怪異になったまま引っ張られていた千石撫子がここでようやく終止符なのだが、案の定、巻末にファイナルシーズンの予告の広告が・・。

どのあたりで、完結させるのを諦めたのだろう。
もともとそのつもりだったのか、

やっぱり期間区切ってなんてキツいノルマを自分に課しちゃうから・・。
いつの間にかこのシリーズ、セミファイナルって呼ばれてるし。

まぁ、作者も「100パーセント趣味で書かれた小説です。」って書いているし、読む方も楽しみが先延ばしになった、ということで構わないんですけどね。

冒頭の貝木泥舟の語り。
本に書いてある文章なんてすべてがペテン。
ノンフィクションと帯で謳っていようと、ドキュメントだのルポだのと銘打っていようと全てが嘘だ。

というくだり、なんとなく「少女不十分」にひっかけているような気がしなくもなかった。

わりと人物像が見えにくかった貝木泥舟の新たな一面を見せてくれた、という新鮮味はあるものの、どう考えたってこれでは終われないわなぁ。


やっぱり、ファイナルシーズンとやらもお付き合いするんだろうな。



恋物語 (講談社BOX) 西尾維新 著, VOFAN (イラスト)


15/Feb.2012
甲子園への遺言 門田隆将

「覚悟に勝る決断無し」
プロ野球の世界で首位打者をはじめとするタイトルホルダーを30人以上も育てた伝説の打撃コーチ、高畠導宏氏が残した言葉である。

打撃コーチとして30年。
プロの世界で一軍の打撃コーチで30年の永さ、それだけでももの凄い事に思えるのだが、いったいどんな野球人生だったのだろうか。

社会人野球では日本代表の四番バッター。
社会人NO.1のスラッガーと言われた人。
かつて社会人に入る前には王・長嶋全盛期、V9時代の巨人軍から王・長嶋が3番、4番、その後の5番を打てるバッターとして、また王・長嶋後の巨人の中心バッターとして巨人軍入りを嘱望されていたほどの打者。当時の社会人監督の選手囲い込みで実現はしなかったが。


プロでの現役生活は新人1年目の春季キャンプで、いきなり不幸が訪れ、強肩だった肩を不慮の事故にて壊してしまい、守備では投げられない。

DH制のない時代なのでここ一番での代打バッターとして一軍入りするが、肩の故障はバッターとしての迫力にも影響を与えるのか、社会人時代の豪快なスイングを知るピッチャーはかつての打者としての力の無くなった姿を嘆く。

結局5年で現役生活を退き、28歳という若さで打撃コーチに就任する。

以降30年、1年契約のバッティングコーチという明日の保障の無い世界に身を置くことになる。そんな人の言葉だからこそ重たい。
「覚悟に勝る決断無し」
氏にしてみれば、毎年、いや日々が覚悟の連続だったのではないだろうか。

以来、タイトルホルダーを次々と育て上げて行くのだが、その育成の仕方は他のバッティングコーチとはちょっと毛色が違う。

他のバッティングコーチは欠点を直そう直そうと画一的な指導をするのに対して、高畠氏の指導は個人個人で異なる。
欠点を無理に直そうとするのではなく、良いところを見つけてそれをとことん伸ばすための特訓をとことんやる。
とことん持ち味を伸ばすうちに知らないうちに欠点も直ってしまう、というやり方。
練習方法も小道具を用いたり、アイデアにとんでいる。

ひたすらバットを投げる練習をさせてみたり、ひたすらファールを打つ練習をさせてみたり、小道具で言えば、すりこぎバット、スポンジボールを使ってのティーバッティング・・・などなど。

氏の力量は選手を育てることにとどまらない。
相手のピッチャーのクセを見抜く天才なのだった。

氏は相手のチームに新たなピッチャーが補強されたと聞くとその練習を視察して来る。その視察から帰った時にはもうすでに相手のピッチャーはまる裸にされている。
直接、指導を受けなくてもバッターボックスから球種を氏から教えてもらって、打率を上げた選手などはいくらもいるだろう。

今、WBC真っ盛り。ついつい選手に目が行ってしまいがちになるが、これを読むと、選手の力よりも寧ろ、相手を丸裸にしてしまうほどの裏方の力量同士の勝負ではないか、と思えて来る。

このWBCにも氏に育てられた選手が何人も入っている。

他にも大リーグで活躍している田口、40歳を過ぎても現役のホームランバッターだった門田、中日現監督の落合・・・、氏にとっては師匠にあたる野村現楽天監督なども球種では助けられた内の一人になるのだろう。

取材した選手達の口をついて出て来るのは、
「高さんが居なければ、今の自分は無かった」
「生涯最大の恩人」
「出会えて幸せだった」
というような言葉ばかり。
なんという人望の篤い人なのだろう。

この本にはイチローについて何故かその接点の記述がほとんどない。オリックス時代、田口を指導したのなら時期的にイチローが在籍していた期間とかぶるので、イチローとの接点が無かったはずはないのだが、著者は大リーグまで取材に行けなかったのか、イチローがその打撃の原点を著者に語ろうとしなかったのか、そのあたりは定かではない。

この本、昭和後期の野球史、いや、昭和いうと戦前も入ってしまうので戦後から今日までの60年の内の後半の日本プロ野球史の一面を描いているが、そういう一面を持ちながらも実際には野球に関することよりも一人の人間の生き様を描いている本なのである。

氏は、コーチという職業をとことん研究し、日本一の戦略コーチとして名を馳せながらもその探求欲は限りなく、心理学を追求し果てはそのメンタルな部分の基礎はプロになる前からが肝心ではないか、と高校の教員免許を取るために、コーチ職の残り5年間をその勉強にあてるのである。


この本にはいたるところに氏の遺した金言がある。
先の『覚悟に勝る決断無し』もそうだが、

『才能とは逃げ出さないこと』

『平凡の繰り返しが非凡になる』
 
などなど。


惜しむらくはこのタイトルである。
「甲子園への遺言」というタイトル、内容を知らなければ高校球児やかつての高校球児しか買ってまでして読まないのではないだろうか。
私も球児ではなかったので、もし人に薦められることが無ければ、この本を書棚から手に取ることは無かっただろう。

WBCこそ今、人気絶好調だが、野球のルールすら知らないという人達がかなり多くなった時代。
野球選手を目指さなくても、かつては小学生なら放課後は必ず野球をした。
そういう時代では最早ない。

この本は、というより高畠導宏という人のことはもっと多くの人に知られてしかるべきだと思うだけに、尚更である。

甲子園への遺言―伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯 門田隆将 著(講談社)


23/Mar.2009
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