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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
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チャイナズ・スーパーバンク 中国を動かす謎の巨大銀行 ヘンリー サンダースン・ マイケル フォーサイス
チャイナ・レイク  メグ・ガーディナー
中国崩壊前夜 長谷川慶太郎
中国メディアの現場は何を伝えようとしているか 柴 静
趙紫陽 極秘回想録   バオ・プー  ルネー・チアン  アディ・イグナシアス
朝鮮半島201Z年 鈴置高史
町長選挙 奥田英朗
チョコレートの町 飛鳥井千砂
チェルシー・テラスへの道 ジェフリー・アーチャー
地球移動作戦  山本 弘
地球温暖化後の社会 瀧澤美奈子
乳と卵 川上未映子
血と骨 梁石日
ちりかんすずらん  安達 千夏
チルドレン 伊坂幸太郎
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チャイナズ・スーパーバンク 中国を動かす謎の巨大銀行 ヘンリー サンダースン・ マイケル フォーサイス

かつて、といってもほんの10数年前までは農村地帯でしかなかったようなところに、日本の地方の政令指定都市をはるかに上回る人口規模の都市がどんどん出来あがる。
海外の人間はもちろん名前を聞いたこともない。中国の国内ですら、ほとんど名前を知られていないような100万人都市が雨後のタケノコのように乱立して来た。

かつて農村だった時には、さほどお金が手に入らなくても、自給自足でメシは食えたので、貧しい貧しい、と言いながらもなんとか生活はしていけた。
その農村を安い土地代で半強制的に立ち退かされ、都会生活者となったとたん、生活レベルがこれまでの10倍、100倍となる。
それだけ稼がなきゃ逆に食っていけない。
それが(生活レベルが10倍100倍だから)それまでの暮しより10倍、100倍豊かになったと言い立てるが果たしてそう言い切れるだろうか。

そういうシステムを作り上げたのが、ほとんど世に知られていない中国開銀なのだという。
地方政府は安い価格で土地を手に入れ、その土地を担保に中国開銀は大量の資金を地方政府に貸し付け、地方政府はインフラ、高層ビル、使う人がいようがいまいが巨大なスタジアムを建設する。スタジアムがあれば、その周囲の土地の値段が跳ね上がるからだそうだ。そうやってバンバン大枚をはたく。
その結果出来たのが、100万人都市の雨後のタケノコ。

同じことを開銀はエチオピア、ガーナをはじめとするアフリカ諸国、ベネズエラ、エクアドルをはじめとする南米諸国に対して展開している。
日本でも紐付きODAなどが問題となったことがあるが、この開銀の場合は紐付きとどころじゃない。
契約書にどうどうと謳われているのだ。
で、相手国政府が中国企業に発注するのではなく、中国開銀からの融資額の一部が直接中国企業に支払われる。絶対に取っぱぐれしない、ということだ。

国内の総都市化の後にアフリカ、中南米のインフラにも触手をのばし、そして国内企業=国有企業の海外展開への育成というよりシェアの独占化に力を貸す。

次世代エネルギー、通信、陸運・・・・・各種のインフラ関連企業の国際競争のにおいて、購入側の資金調達をスムーズにしてやることが出来れば、話は早い。
中国開銀ならそれが出来るのだ。
低金利でしかも支払い猶予にかなりの余裕を持たせる。もちろん、中国国営企業への受注手助けだ。開銀の有利な融資の後押しをバックにつけた中国企業たちは軒並み世界のTOPシェアにどんど食いこんで行く。

これぞまさに共産党が、国家そのものが行う資本主義。
国家資本主義とでもいうのだろうか。

各国のそれぞれの独立民間企業など太刀打ちが出来るわけがない。


アメリカの通信事業の受注を中国の通信企業が行って国家機密が保てるのか、の議論がアメリカであったのは記憶に新しい。

この本の日本での邦訳出版は2014年4月3日。それからまるまる一年。

総貸出残高108兆円(2012時点)で世界一の貸出規模を誇る銀行でありながら、その実体がほとんど知られていない、というこのアンバランスさ。

この一年の間にどういう動きがあったのはは定かではないが、ここに来て急ピッチで中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の発足に向けた動きが活発化して来た。
日本アメリカは不参加だが、アジア各国のみならず、ヨーロッパ各国も加盟の方向だ。

日米除きの各国を巻き込んでのチャイナズ・スーパーバンクがまさに生まれようとしている。

チャイナズ・スーパーバンク 中国を動かす謎の巨大銀行 ヘンリー サンダースン・マイケル フォーサイス 著


03/Apr.2015
チャイナ・レイク  メグ・ガーディナー

アメリカの一地方での新興のカルト教団をめぐる話である。
日本と欧米では宗教に対する寛容さはかなり違いがあるだろう。
日本人はその人が信じている宗教の内容、教義というのか?に対してまでそうそう口出しをしたりはしない。
ただ、自分が入信を薦められたら、お断りをするだけで、滅多に馬鹿にしてみたり、などはしない。
それは寛容というよりも怖いからなのかもしれないが・・。
いずれにしても春・夏の甲子園にでも過去結構な数の宗教の関係の学校が出場して来ているはずだが、それに違和感を感じる人は少ない。

欧米ではキリスト教以外は異教であるから、どうしても新興の教団と言ったってキリスト教から大きく離れるわけには行かないのかもしれない。

大きく離れるどころかもっと原理主義的なまでに熱烈なのが新興カルトとして度々登場する。

結構平気でその人達の目の前で、教義をからかってみたり、ジョークにしてみたり出来てしまうのは国民性の違いなのだろうか。

日本でも例外はもちろんある。
ハルマゲドンだったか、終末論を煽り、実際に予言が当たらないとなると、自らサティアンなるところに信者が籠もって化学兵器を製造し、東京の地下鉄にサリンという猛毒をばら撒いたあの教団である。

この小説に登場する教団も終末思想を唱え、聖書を引用しながら、自らその終末を起そうとする。
日本のあの事件をかなり参考にされたのではないだろうか。

ここではサリンでは無く、狂犬病ウィルスを用いようとする。
そのメリットは潜伏期間が永いため、犯人が特定されづらいこと。非常に致死率が高いこと・・などだが、読みすすめると結局なんでも良かったんじゃないのか、とも思える。

この教団、死者を冒涜し死者に鞭打つ。
エイズで亡くなった人の葬式に大勢でプラカードを持って現われ、その死を冒涜する。

どこまでされたら、いくら信じるのは勝手と言いながらも、その教義に反論したくもなるだろう。

「チャイナ・レイク」という地名は実在する。
そしてそこが航空開発基地であることもどうやら実際の話らしい。
そのチャイナ・レイクともう一つの舞台となるサンタ・バーバラももちろん実在する地名である。

だから信憑性があるか、と言えばそれはどうだろうか。
誰だってまともな人間ならちょっと取り合えないほどにその教義はボロボロでどうしようもなく薄っぺらい。

その教団という恐ろしい組織に対して立ち向かうのが弁護士でもありSF作家でもある主人公の女性。
この女性の勇気は凄まじい。

ただ少しだけ残念なのは、その恐怖の教団そのものへ妄信する信者達の圧迫感というか、集団の怖さというものがあまり伝わって来ないところだろうか。

小説の読みやすさから言えば登場人物をあまり多くしてしまうと読みづらいということを意識してなにか、何か事がある毎に登場する教団側の人間はほんの数人、毎度おなじみの顔なのである。
しまいには最初から数人しかしなかったのではないか、とすら思えてしまうほどに。

この作者、アメリカ人でありながらなかなかアメリカでは出版の機会に恵まれず、ずっとイギリスで出版してきたのだいう。
運よくアメリカで認められて出版したのがこの2009年の今年。
で、いきなりアメリカ探偵作家クラブのエドガー賞の最優秀ペイパーバック賞を受賞したのだという。
探偵作家クラブの賞というと探偵物のイメージを想像されるだろうが、決して探偵者ではない。
なかなか読み答えがあって読み出したらやめられない本であることは確かだろう。


チャイナ・レイク (ハヤカワ・ミステリ文庫) メグ・ガーディナー (著), 山西美都紀 (翻訳)


28/Dec.2009
中国崩壊前夜 長谷川慶太郎

北朝鮮の中国とのパイプ役だった張成沢(チャン・ソンテク)氏が公開処刑されて以来、北と中国の間は冷え切っていると言われている。

著者は大きな間違いだと言い切る。
張成沢氏を切ったのは瀋陽軍区とのパイプを切ったのであって、中国の中央の意思を尊重したもので、寧ろ中央とはもっと密接になったのだ、と。
だから北にはまだちゃんと中国からの石油がパイプラインで送られているのだと。


ソ連の崩壊を予想し、その前にソ連が東ドイツを見限る事を言い当てていた長谷川氏は、今の中国と北の関係をそれに似ていると見ている。

中央と北は近くなったが、もういつまでも北の面倒を中国は見続けていられないのだ、と。

中国中央が見限ったら、北はまもなく崩壊する。
金正恩はスイスあたりへ亡命するだろう、とまで言い切っている。

その長谷川氏の予想のせいではあるまいが、とんと金正恩氏は表舞台に出て来ていない。
それより何より、中国そのものの危機。
もうそんなに遠くない未来だという。

中国の中央の崩壊、その後は、一体どんな姿になるのだろう。

長谷川氏は七つの軍区がそれぞれに小競り合いをしながらの状態がしばらく続くのではないか、と見ている。

香港のデモ、かなり長期化しつつある。

このデモが何かのトリガーを引くことになるのかもしれない。



01/Nov.2014
中国メディアの現場は何を伝えようとしているか 柴 静

結構、以外だった。

これまで中国発のニュースだとか、中国のニュースキャスターだとかは、中国政府の公式見解を述べる、政府のスポークスマンしか見たことが無かったが、というより、日本で流れるのはそういうものしかないのではないだろうか。
実のところはどうなのか、日本の国内からは全くわからない。

でもちゃんと居たんだ。報道マンが。
ちゃんとあったんだ。対外スポークスマンでないニュースキャスターが。

冒頭で柴静氏を訳者がインタビューする場面からスタートしているが、その中で、中国と言うお国柄での報道の制約や難しさを訳者が質問したところ、どんな国にだって制約はあるはずだ。中国の皇帝の時代の言論統制のあった時代に「紅楼夢」は生まれたし、同じく言論の自由が無かったはずの帝政ロシアにあったってトルストイは生まれた。
と、他の例をいくつか並べて、だから現代の中国でまともな報道が出来ない訳は無い、と。
これを言わざるを得ないということはかなりの制約の中での限られた報道なんだろうな、と思ったが、中身を読んで驚いた。

SARSの発生時の彼女たちの対応。
カメラはだめ。マイクはだめ、と言われても中へ入るという彼女に病院関係者は「中へ入る意味があるのですか?」と問いかける。
まず、報道できるかどうか、音を流せるかどうか、の前に彼女は自身の目で見、自身で話を聞く、そして彼女の見た真実を追いかけることを優先する。

彼女はテレビ局の中で原稿を読むだけのキャスターなんかではなく、第一線の取材記者も兼ねているのだ。

中学生だったか高校生だったか、未成年の女の子たちの連続服毒自殺の未遂事件。
麻薬中毒患者の取材。
中国では人間扱いされない同性愛者の取材。
ドメスチック・バイオレンスに苦しむ女性の取材。
猫を噛みちぎった女性の映像を巡っての取材。
四川省の大地震時の取材。

なにより、政府が対外的に発表したくないはずの公害問題についてもかなり突っ込んで、地方の役人を責め立てている。

もちろん、放映されるまでには、いくつかの検閲という関門があり、それをパスして初めて放映となるのだが・・・その取材内容は政府に不都合な内容は無かった事にして、という内容ではない。
県知事レベルなどはしょっちゅう取材対象となり、批判対象ともなる。
地方の役人レベルからの取材拒否や嫌がらせなどはしょっちゅうだったことだろう。

それって深追いし過ぎたら命狙われたりとか、結構危険なんじゃないのか、と思われる材料も構わず、取材対象に迫っていく。

そして彼女やその周囲のスタッフが作成する報道番組で何人もの役人の首が飛んだりするのだ。
そんな報道が中国国内では行われていたんだ。

この本、たまに文章・文章間の構成がどうもすっきりしなかったり、わかりづらかったりするのが玉に傷。
著者はテレビメディアの人なので書き手としての問題なのか、原著はもっと膨大で、日本語訳を出版するにあたってかなり削ぎ落したのだというが、その削ぎ落して再構成する際の問題なのか、訳者の力不足なのかはわからない。
ただ、変に削ぎ落すのではなく、原著にあるがままに出版されたものを読みたかった。

この人を持って、キャスターと呼ぶなら、日本のニュースキャスターと呼ばれる人たちの言動はなんと安易なものに思えたことか。
なんと薄っぺらなに感じたことか。

やっぱり、あの国は外からではなかなかわからないことが多いなぁ。


中国メディアの現場は何を伝えようとしているか -女性キャスターの苦悩と挑戦-  柴静 著


27/Nov.2015

2010年10月8日、中国国内で初のノーベル賞受賞者がが発表された。
劉暁波(りゅうぎょうは)氏。
天安門事件にて民主化運動に参加し、その後もずっと中国の人権問題に取り組んで来た人物。

このことはさんざんメディアで取り上げられているが、今や全く話題にものぼらなくなり、あの天安門事件以来すっかり表舞台から姿を消したかつての彼の国の指導者的役割りを担っていた人物が存在した。

趙紫陽氏。当時の総書記。
天安門事件以降、表舞台から姿を消し、2005年に亡くなるまで、自宅で軟禁生活を強いられて来た人物である。

趙紫陽氏は自宅での軟禁生活時代にかつての出来事を記録しておこうと60分テープ30本もの録音を残していた。
この本はその録音を本にまとめたものである。

歴史にIFは禁物なのかもしれないが、あの天安門事件に至る前のデモが起きた時に趙紫陽氏が国内に居たのなら、北朝鮮を訪問などしていなかったとしたら、その後の成り行きはかなり変わったのではないだろうか。

当時、改革開放路線を進めるにあたって、トウ小平氏が最も信頼していたのが趙紫陽氏だったという。
その趙紫陽氏は学生達の言うことに耳を傾けるようにと、当時の首脳部に約束を取り付けてから北鮮へ出かけている。
その約束を反故にし、トウ小平氏の名前で反社会主義的動乱という社説を李鵬氏が発表してしまってからというもの、学生達の怒りに火が付いてしまった。
いや怒っていたのは学生ばかりか、労働者も然り。言わば民衆が怒っていたのである。

当時、改革開放路線を取っていた中国にとって民主化や言論の自由はいずれくぐらなければならない門であっただろう。

趙紫陽氏が学生達と早い段階で話し合いをしていれば、案外その道を緩やかに辿っていたのかもしれない。

もちろん、これはあくまでも趙紫陽氏側の言葉だけからなる回想録なので、一方的に断ずることはもちろんできないのではあるが・・。

しかしながら、その後、趙紫陽氏と敵対する立場に有った李鵬氏や江沢民氏が政権運営をあたってからも、その後の胡錦濤氏、温家宝氏の時代になってもさらなる中国の経済的発展は続き、ついには世界第二位のGDPを誇るまでの存在にまでなっていった。

つまりは、民主化や言論の自由というものが封殺されたまま、経済的にだけは発展を遂げて来たわけだ。
案外、李鵬氏側のねらい通りなのかもしれない。

天安門事件当時、参加していた学生や労働者はまさか自分達に銃が向けられるとは思っていなかっただろう。
デモ隊を制止する側の警察官達でさえ制止はうわべだけでどちらかと言えば静観していたぐらいなのだから。

現在の中国のそのいびつさは、各メディアでも取り上げられている通りなので、端折るが、国民は政治に文句を言わない限りは経済的に豊かになっている現状に大きな不満があるわけでは無かろう。
いや不満があったとしてもあの天安門での武力弾圧が歯止めになっていたのかもしれない。
過去に緩やかに流れるはずだった民主化の流れは、経済成長がストップした段階で一気に巻き起こるのかもしれない。

天安門事件後、日本へ逃れて来て、という小説で芥川賞を受賞した楊逸氏の「時が滲む朝」の登場人物達も日本という外から中国の民主化を!と訴えていた人たちがやがてはビジネスにのみのめり込んで、民主化運動なんて時代遅れ、と言わんばかりになって行く姿を描いていたでは無いか。
ただ、あの小説では主人公がテレサテンに惹かれただけで民主化とは何ぞやを知らないままにデモに参加していたあたりがなんとも頼りないと言えば頼りないが・・。
いずれにしても今や金儲けが最優先なのだ。


それにしてもどうやって、あの共産主義のイデオロギー一色だったあの国があそこまで改革開放路線を進めることが出来たのだろうか。
この趙紫陽氏の回想録にその成り行きが著されている。

いくらトウ小平氏が改革開放政策を唱えたところで実務者が居なければ、絵に描いた餅になってしまう。
この趙紫陽氏こそがそれを成し遂げた実務者であった。
趙紫陽氏と共に経済発展の道を推し進めた胡耀邦氏はその発展の目標があまりに急ピッチで、生産力を四倍にせよ、などと、とかく暴走気味であったものを趙紫陽氏は緻密に実践路線へ軌道修正し、方や保守的で旧イデオロギーにどっぷり漬かった、李先念氏、陳雲氏、といった党の長老派で改革反対派の人達を懐柔し、なんとか10年で天安門まで改革開放を成し遂げて来た。

趙紫陽、胡耀邦両氏の存在が無ければ、中国は21世紀まで自給自足路線を貫いてしまっていたかもしれない。

その趙紫陽氏は自ら推し進めた改革開放政策時代にも既に、二つのシステムが共存する矛盾は、いずれ問題噴出の種となるだろう、と予見していた。

そして、その噴出の結果が天安門事件である。

21世紀になってからの北京オリンピック、上海万博を経て、開かれた国のイメージが出来つつあっても尚、方や言論封殺があったり、一党独裁の国であることは、誰しも承知の上ではあったであろうが、この度の劉暁波氏のノーベル平和賞受賞にあたって、中国のメディアがいかなるものなのか、その名前が放送に流れるや否やテレビがまっ黒けになってしまうという異常さを世界が知ってしまった。

はてさて、この先、趙紫陽氏の抱いた矛盾はどういう形で噴出するのだろうか。
もはや第二の天安門は無いだろうが、果たして趙紫陽氏が目指した軟着陸と行くのだろうか。

天安門以後のデモは悉く官製デモと呼ばれるている。
本日、四川省で起きたというデモも異例である中央委員会の開催中に反日デモと言うことはまた強力な保守派が台頭して来たのかもしれない。
趙紫陽氏の頃から、改革派は常に強硬な保守派と対峙しなければならなかった。

トウ小平氏でさえ、改革開放と言いながらも最もやりたかった事は行政改革で、三権分立にはあくまでも反対だったという。
議会制民主主義では機動力も無ければ、政治にスピートが出ない(即決出来ない)、というのが口癖。


今や世界は中国抜きには語れないところまで来ている今日である。

世界中が今後の中国の着地点を注視している、と言っても過言ではないだろう。



趙紫陽 極秘回想録 天安門事件「大弾圧」の舞台裏! 趙紫陽 (著), バオ・プー (著), ルネー・チアン (著), アディ・イグナシアス (著), 河野純治 (翻訳)


16/Oct.2010
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