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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Dec.2017
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赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝 石田衣良
ルーズヴェルト・ゲーム 池井戸 潤
ルポ最底辺−不安定就労と野宿 生田武志
ルポ資源大陸アフリカ 白戸 圭一
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赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝 石田衣良

これはなかなかにしておもしろいですよ。
池袋ウエストゲートパークのIWGPシリーズと言えば何かのトラブルを抱えた人がマコトの果物屋を訪れ、何だそりゃ、どうしたらいいんだー!とわめきながらも結局、タカシやサルや電波マニアや生活安全部少年課の刑事の力なぞを借りながらも、最終的にマコトが見事に一件落着と解決してしまう小編が四篇で成り立っているのが通例なのですが、この外伝だけは違う。

まず、マコトが登場しない。
四篇の小編ではなく、たっぷりと楽しめる。

赤と黒と言ってもスタンダールの名著ジュリアン・ソレルの「赤と黒」とは全く無関係ですよ。
話題はカジノ。
解説子は、日本で何故カジノが合法化されないのか、それはパチンコ業界を守るためである、と。
そう言えば、パチンコ業界の会計を明朗にする目的で導入されたプリペードカードの会社には警察OBと言われる方々がかなり居られるという。
かなりお年を召しておられる方々で営業部隊や工事部隊がせっせとお働きになっている間、応接室の様な部屋で大画面のテレビなど一日中ご覧になっていらっしゃる、とか・・。その会社を退社した人が言っていた。
パチンコのメーカーが出す新機種しかり、カード会社が出すカードユニットと呼ばれる台間機しかり、全て警察の認可が下りて初めて世に出ることが出来る。

そのために警察の方の天下りを受け入れておられるのかもしれないが、その退職社員に言わせれば、あんまり影響力無いんじゃないの、ってな話でした。

カジノと言えばかつて石原慎太郎都知事が、カジノを合法化して作ろう、と言っていた時期があったのだが、あの話はどこへ行ってしまったんだろう。


この話、ヒット作のない映画監督がカジノにどっぷりはまり、その先に待っていたのが、10分で1000万というおいしいアルバイトに手をそめるところから始まる。
カジノの店長を襲って、その売り上げをかっぱらおう、という非合法のカジノの上を行く非合法なアルバイト。その襲われるカジノの店長も仲間なのでリスクは少ない。
いわば狂言強盗のようなもの。

何の問題もなくアルバイトは片付いてしまうのだが、その仲間の中に裏切りものが居て、奪った金をそのまま持って行かれてしまった上に、カジノを仕切っていた羽沢組、サルのいる組織、に捕まり、一生下働きをさせられそうになる。

この売れない映画監督、そこで一発バクチに出て、金を奪った連中を捕まえて、金を取り戻す、と出来そうにもない啖呵を切ってしまう。

なんといってもクライマックスのシーンが最高ですね。
赤(ルージュ)・黒(ノワール)まさにその世界。
ルーレットの必勝法とは?
赤・黒もしくは偶数・奇数に張れば確立は1:1。
1枚張って勝ってら2枚が返る。
ひたすら赤にだけ張り続けるとして、10連敗する確立は2の10乗分の1。
1024回に一回の確立。
とすれば、同じ色だけにひたすら賭け続ければいつかは何度に1回は、確立としては2回に1回は・・ということになるのですが、ジャンケンでもひたすら負け続けることだってあるでしょう。
だから最初に$10で負けたら次は$20張ってもトントンにしかならない。
$10で負けたら次は$30。
$30で負けたら次は$40。
って続けていけば、最終的には$10の勝ちになる・・せこいけど必ず勝つ、なんてね。これは一見必勝の方法に見えながらそうではない。負けが続けば資金が持たない。
累乗の世界の上がり方は並大抵じゃないですから。
それに最終的に$10の勝ちじゃ、バクチの面白さを放棄しながらも労働の時間給にも割が合わない。
$10で負けたら次は$40。
$40で負けたら次は$160。
ぐらいにしないとね。
で、最終的には結局資金無し放棄か、掛け金の上限に引っかかって、OUT!
ってなチンケな物語ではありませんよ。

勝負師の勝負師らしさを楽しませてくれることでしょう。

赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝  石田衣良 著


15/Sep.2008
ルーズヴェルト・ゲーム 池井戸 潤

野球で一番おもしろいゲームは7−8のゲームなのだそうだ。

ルーズヴェルト大統領がそう言ったとのことで、7−8のゲームのことをルーズヴェルト・ゲームと呼ぶのだそうだ。


この物語は、家電メーカーの下請け部品工場の会社の野球部の野球部の物語。

大企業でもないこの会社の野球部が、かつては都市対抗野球の名門チームだった。
所属する選手はプロ野球には入れないが、野球をすることで会社と契約を結んだ、契約社員。プロにはなれないが、アマチュアでもない、職業野球人達。

納入する大手企業からは単価下げを要求され、運転資金を借り入れている銀行からは人員削減を要求される。

そこへ来てのリーマンショック。
取引先は大幅な生産調整に入る。

もはや、会社の存続上、明日が見えない状況の中、当然野球部の存在も安泰ではなく、その存続をめぐって、役員会でも常に俎上にのぼる。


野球部の物語と言いながら、実は中小・中堅企業の生き残りをかけた戦いの物語なのだ。
創業者からバトンタッチされたまだ若い社長は、銀行の要求通りにリストラをすすめて行くのだが、創業者はそれに反対はせずにただ一言。
「仕入れ単価を減らすのはいいが、人を切るには経営者としての『イズム』がいる」と。
キッチリとした経営哲学があってのことなのだろうな、とも取れる。

企業の業績などいい時もあれば悪い時もあるに決っている。

その業績のいい時には人を増やして、業績が悪くなりゃ、人を切ればいい、みたいな考え方が蔓延してやしないだろうか。

いったい何のためにその会社はあったのだろうか。

人を切ってまでして営業利益を出したところで、その存続し続ける意義とは何なのか。

株主のため、か?
非上場会社である。

残った社員のためか?

それとも経営陣のためか?それなら本末転倒もいいところだ。

もはや、物語は野球部云々などの話ではなくなっている。

野球部の存在は、この会社が負け続けの中、7−8のルーズヴェルト・ゲームに持ち込めるのか、の小道具だと言ってもいいぐらいだ。

会社の存続する意義とは何か、が問われている。

そんなことを感じさせてくれる一冊なのだった。



ルーズヴェルト・ゲーム 池井戸 潤 著


14/Feb.2013
ルポ最底辺−不安定就労と野宿 生田武志

ドキュメンタリーです。
この著者は取材者なのではない。
実際に20年間、大阪釜ヶ崎に通いつめたのも凄いことだが、そこで単に取材作業を行うのではなく、自らが手配師に口を聞いてもらい、自らが日雇い労働者としての現場作業を体験して来ているのだ。
並の人間にはなかなか出来る事ではない。

著者は大学2年生の時に初めて釜ヶ崎へ行くのだが、冒頭に初めて釜ヶ崎近辺へ行った時の驚きの様子が記されている。

大阪在住の我々でさえ、しょっちゅう天王寺界隈をうろうろしていたにも関わらず、JR新今宮駅の階段を下りて行った時のすえた様なにおいにまず驚き、そこから動物園前駅までのわずかな距離を昼間の時間に歩く間だけだって、素手の手で熱いだろうにお粥さんをすすっている男性に出くわしたり。
「兄ちゃん、タバコ頂戴や」というオジさんに出くわしたり、と驚くこと多々であったし、昼間でそうなのだから、暗くなってから歩こうものなら、何やらずた袋があると思ってひょいと跨ぐとそれは人だったり、人を踏んづけないように気を付けて歩かなければならないところだった。
高校の頃、西成の萩ノ茶屋というところから通っている友人が居り、そいつななどは自らの出身地域を笑いのネタにかえてたっけ。
三角公園の近所ではなぁ、車に乗ってる連中は誰ひとり、信号でも止まれへんねんど!
信号で止まったら最後、あっと言う間に囲まれて進まれへんようになるからな。
とか。
俺の家の近所では雀は一羽も居らん。
雀どころかきらわもんのカラスも居らん、フンが公害やと不人気の鳩も居らん。
のら犬、のら猫、一匹も居らん。
わかるか?
連中もここへ来たら食われてまうのんがわかってるから近づけへんねん。
と彼独特の地元自虐ネタを披露していたのを思い出す。

そういう彼も別に野宿生活を送っているわけでもドヤに住んでいるわけでもなく、満足な暮らしをしていたわけなので、この著者に言わせれば、彼もまた釜ヶ崎への偏見を持った人間ということになってしまうのかもしれない。

生田というこの著者の体験談から言えば、釜ヶ崎を怖いと思うどころかその周辺に野宿をする人々はあまりにも優しく、あまりにも正直で不器用なくらいに正直な人達だったという。
正直者が馬鹿を見るならぬ「正直者は野宿をする」のが現実だった、と語っている。
また日雇いの仕事でも一旦仕事をし始めると、彼らはプロ中のプロだったということも著者の驚きの一つだった。

まさに彼らは不当な扱いを受けていた。
少年達からは襲撃される。
警察はそんなところに寝ているからだ、と取り合わない。
地域住民はどこへ行っても彼らを嫌い、蔑む。

著者は現場仕事もしながら、野宿者への支援活動を行い、やがては支援活動が主になって行く。
「大変でしょう。生活保護を受けたら」とホームレスの人に勧める場面で、「なんとか廃品回収でメシが食えるから」とそれを拒む人に何度も出会う。
原宏一という人が書いた「ヤッさん」という小説にはホームレスでありながら、食材の情報提供者として生きる男の矜持が描かれていたが、もちろん小説と同一視するわけではないが、ホームレスでと言ったって、定住する家を持たないという以外は何が人と違うのか。
今のご時世、国やら行政に助けてもらえるなら、いくらでも助けてもらおうという人がいくらでもいるさなか、人様の世話になりたくないという矜持を持っているその人達はまさに冒頭で著者が述べた如くに不器用なくらいに真面目な人たちなのだろうと思う。
なんとか廃品回収でメシが食えると言ったって、一日10時間働きづめに働いても1000円になるかどうか。
それでもメシが食えるからいい、というのだ。
なんだかなぁ。
ひたすら、貧しくとも自ら働いた金でメシを食う人は極貧の生活で、片や子供が居て生活保護を受ける人は住宅扶助なんかも入れれば10万〜20万の収入を得、さらに現政権の作った子供手当・・か。
先日も中国から40数名が入国直後に生活保護申請で問題になったっけ。
いやそれはちょっと論点が違うか。

支援者の人はくりかえし繰り返し、生活保護を受ける様に説得してまわっている。
彼らの仕事は崇高なものなのだろう。

でもそれだけではどうしたって抜本的解決には繋がらない。
上述した、地域住民の偏見、行政担当者の偏見、少年達のゲーム感覚の襲撃の根絶などは言うまでもないだろうし、いわゆる貧困ビジネスと言われる、ホームレスの人達をを食い物にするビジネスの根絶ももちろんだろう。
だが、それでも解決とは言えない。
著者自身、バブル期直線からバブル後の今日まで釜ヶ崎を見て来て思うはずである。
単に生活保護を受給してもらうことだけが解決の道ではないと。
昨年(2009年)末の全国の生活保護受給者が130万世帯を超え、その中でも断トツなのが大阪市。
このまま受給者を増やすことがまさか解決策であるはずがない。
バブル前でさえ、野宿をしながら日雇い労働をする人の中には半年もたたずに50〜60万を貯めては、一ヶ月間の海外旅行へ行く人、3年間で5〜6回海外旅行を楽しむ人なども居たのだ。
こういうひと達は好きでその仕事とその生活を送っていた。
なんだかんだと言って結局は景気じゃないか。
景気が上向きになることが、最終的な解決策ってか。
なんだか絞まらない結びになってしまった。




ルポ 最底辺―不安定就労と野宿 (ちくま新書) 生田武志 著


08/Nov.2010
ルポ資源大陸アフリカ 白戸 圭一

アパルトヘイトに関しては小学生時代に徹底的に学んだ覚えがある。日教組の先生方が教材に使いたかったからだろうか。
表現に語弊があるかもしれないが、あまりに見事な白人と黒人の区別化。隔離化。
子供が通う学校は別々。
乗り合いバスも別々。
住む場所も座る場所も遊ぶ場所も学ぶ場所も鑑賞する場も全部別々。
海岸(ビーチ)に至っても別々なのだ。
あそこまで徹底すれば、それはそれで一つの秩序というものが生まれるだろう。
アパルトヘイトの制度さえ、無くなれば南アには明るい未来が、と若き日の筆者は本当に考えたのだろうか。

あの制度はいずれ、無くなるだろうとは思ったが、これだけの差別を超越した完璧な分別という秩序は、よほど緩やかな是正でない限り、急な制度廃止は無秩序を生みだすのではないか、という懸念は、誰しもが思い馳せたのではないだろうか。

それにしてもこの筆者は偉いなぁ。

何故?をとことん取材という形で解き明かそうとして行く。

辿りついた結論は、皆が皆、貧乏なら犯罪はおきない、というもの。
方や南アの高度成長の波に乗れた若い世代。
方やアパルトヘイト時代の教育の無い世代は新しい南アの中にあって高度成長の波に乗るどころか、取り残されてしまっている。
このロスト世代の人達による犯罪。
また南アの急成長に取り残されたのはロスト世代ばかりではない。
モザンビーク、スワジランド、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエといった周辺国から流入する労働者達。
国境は賄賂さえ払えば無いも同然。
不法入国などは当たり前。
まともに労働しても大した賃金にならないから手っ取り早く儲けようと、強盗になって行く人が後を絶たない。
また、周辺国の田舎町で美少女コンテストを開き、優秀者は南アでスターに、の言葉に乗せられて集まった少女を軒並み南アへ連れて来て売春宿へ売る男達。

ありとあらゆる犯罪の巣窟を丁寧に犯罪者にまでアポを取って取材する筆者。

中でも一番の悪はナイジェリア人だと聞いてナイジェリアへ足を運ぶ。
そこで見たものは、資源国ならではの悲哀だ。
ナイジェリアは屈指の石油産出国だ。
ならば、国民は働かずとも豊かなのか、というとこれが真逆なのだ。
あろうことか、石油を採掘しているその近隣の村には電気が無い。
漏れる重油によって、川も畑も汚れ、農業も営めない。

そうやって筆者は南アを拠点にモザンビーク、ナイジェリア、そして内戦中のコンゴ、スーダンと取材の足を運ぶ。

コンゴの内戦もすさまじいが、スーダンなどでも国家が民衆を虐殺する。
アメリカの大学で銃乱射があれば、日本の秋葉原で無差別に何人かの人を刺す若者が現われれば、新聞はTOPでそれを扱うが、アフリカのある国で何千という命が虐殺されていても、その扱いの小ささはほとんど報道されていないに等しいと筆者は、日本でのアフリカのウェイトの低さを嘆く。

いずれの国でも、資源というものが元凶になっている。
下手に資源大国だからこそ、外国企業はもしくは外国政府は触手を伸ばして来る。
その外国企業とは一昔前なら欧米の企業なのだろうが、今やあまりにも人権をないがしろにしている、ということで、欧米は手を出さない。
平気で触手を伸ばしてくるのが中国企業だ。

政権は資源を求める国、中国に協力を求め、中国企業に賄賂を要求する。中国企業は資源を独占する見返りとして賄賂という形の軍資金を与える。
それを持って政権は反勢力になる芽を摘むために、反勢力でもない無辜の人民を殺戮していく。

そんな構造をこの筆者は見つかれば殺されるという中、密入国をしてまでして取材に入って行くのだ。

第五章は圧巻だ。
無政府状態のソマリアへ取材へ赴く。

暫定政府が出来たってその大統領は国に入ることすら出来ない。
いたるところで武装軍団が居て、道を通るものから、通行料を強要する。

なんと言っても無政府だ。
信号機の名残りはあっても信号機は点灯しない。

交差点では通常は譲り合いだが、武装勢力が通るときだけは、彼らの優先道路となる。
力あるものが支配する世界。

そんな中ソマリアへ潜入して、筆者は驚く。
通貨は、民間が中央銀行の代わりとなって紙幣を刷っている。
ラジオ局から発信する人がいる。
インターネットカフェもある。通信企業もある。
だが、国はいくつもの武装集団が分割統治というよりも縄張りを持って、闊歩しているという状態。

そんなソマリアの中でもほんの一勢力に過ぎなかった「イスラム法廷会議」イスラム原理主義の勢力が瞬く間に国を勢力圏内に治める。

この「イスラム法廷会議」という勢力。アフガンでのタリバンとかなり似通っていないだろうか。
この急速な勢力拡大。
その勢力拡大とともに、各所で通行料をふんだくるような武装勢力は無くなって行く。いわゆるひとつに秩序が生まれようとしているわけだ。

彼らは親米をとことん嫌うので、親米国からも情報を取り入れ、親米国とも連絡を絶やさないソマリアのジャーナリスト達は彼らを恐れ、嫌悪する。、

アメリカも国連も自ら手を下すことを回避してしまったソマリアに対して、アメリカはエチオピアに代理戦争をさせる。
タリバン勢力を払拭させるのに北部同盟を使ったが如く。
今度は国どうしなので、アメリカは完全に影になっている。

その代理戦争さなかになんとかソマリアに潜入しようとするこの筆者。
すさまじいほどのジャーナリスト魂だ。

だが、この本、終章でのまとめはいかがなものなのだろう。
これだけの取材をした結果の結論が、「格差社会が暴力を生む」なのだろうか。
そんな単純な話ではあるまい。

筆者も反省があったのか、文庫化に向けてのあとがきではそんな単純なものではなかった、と語っている。
但し、論を全て曲げたわけではない。日本の格差社会をみるにつけ、格差の拡大は決して暴力を生んだわけではない。格差社会はインターネット上で繰り広げられる言葉の暴力を生んでいる、と。
やはり、格差社会は暴力を生むという持論は曲げたくないらしい。

明治時代だって大正時代だって今の何千倍もの格差社会だったろうに。

この本のテーマは資源というものが生み出す、途轍もない暴力であったり、反イスラム原理主義に対抗する暴力だったり、秩序の崩壊による暴力だったり、筆者は自らの取材で教えてくれたのではなかったのか。

とはいえ、すごい本であることに違いはない。
アフリカ大陸でも南半分となると、ほとんど日本では知られていないし、報道もそうそうされることはない。
南アのワールドカップのときに南アの事情が報道されたのが唯一か。

インターネットを検索すれば転がり込んでくる情報とはわけが違う。
命がけの取材で得た生の情報ばかりだ。
文庫化によってではあるが、これだけの情報量を詰め込んだ本がたったの830円+税というのはちょっと安すぎるだろう。



14/Aug.2012
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