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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
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「世界の歴史」編集委員会 編集
関 俊介
仙道直美
零の会
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もう一度読む山川世界史 「世界の歴史」編集委員会 編集

高校の時好きだった山川世界史の教科書。
それが大人向けになって登場しました。

世界史が好きだったわけではないけれど、
レイアウトのすっきりした感じとか、表紙の手触りのよさとか、地味だけどなんだかいけてる気がしていた山川教科書。
それが大人のために再編集されたという事で、本屋で平積みにされているのを見た瞬間、買わなくてはと思いました。

大学受験で勉強したはずなのに、きれいさっぱり忘れてしまった世界史。
マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝とか、ダレだか忘れたけど名前だけ忘れられないとか、ホメイニが何したか忘れたけど挿絵の写真を覚えてるとか、そんな状態の脳みそに、『もういちど読む山川世界史』はがつんと響きそうです。

果たして頭から読み始めるべきか・・・。隅々まで読むべきか・・・。
高校生の時はとにかく全体を覚えるために、頭から隅の隅まで読みましたが、今となっては試験があるわけでもなし。
興味のあるところを探して飛ばし飛ばし、目に入ったところを流し読み。
学生の時とは違った読み方が出来る事がかなり新鮮。

あの国にあんなに嫌われているのはなぜだったっけ。
どうしてこんなにこの地域は争う事になってしまったんだっけ。
当たり前だと思われるような世界についての知識が、すこんと抜け落ちていることを実感。
少しは取り戻さなくてはと焦ります。

そして時々登場するコラムがなかなか面白い。
高校教科書にはなかったコーナーが妙にうれしく感じられます。

学生の時とは視点を変えて読む。
でもあくまでも見た目は教科書なので、ガッツリ取り組むと学生時代のしんどさがフラッシュバックするからたしなむ程度にする。
そんな感じで、これからいいお付き合いが出来そうな一冊です。



もう一度読む山川世界史  「世界の歴史」編集委員会  山川出版社


01/Aug.2011
絶対服従者(ワーカー) 関 俊介

なんともおもしろい着想をする人がいるもんだ。

ただでさえ、身体能力的にはヒトより優秀である蟲(ムシ)達が進化したらどうなるか。蟻などは自分の身体の何倍もの大きさのものを平気で運ぶ。
ハエにしても蜂にしても動体視力がヒトの比ではない。
危機回避能力がずば抜けている。

そんな蟲達がヒトの言葉を理解するどころか、話すのだ。

企業が安い人件費の労働力を求めて中国ほか世界へ出て行き、国内の雇用が減ったのと同じことがまた、ここでも起きる。

企業はこぞって蟲達を戦力として採用し、人の雇用は減るばかり。

主人公氏も仕事から一度はあぶれた身。
就職活動を離脱してフリーターや派遣社員としての生活の後、正社員の口を探すがどこも無理。
蟻を絶賛する文章を書いて、人間社会での反響はなかったものの、一人の出版社社長の目にとまり、以来、そこの社員として蟲の女王一族の歴史を記録する、という仕事にありついた人。


一匹のアリに連れて行かれて見たのが、アリ工場。
まさにアリを生産している。
女王アリが何匹も無理矢理に卵を産まされ、産まされた卵は即座に働きアリ達によって工場内のラインのように流れて行き、そこで孵化し育ったはたらきアリ達は安い労働力として企業に派遣に出される。

そこでの非人道的なやり様の一部始終を録画した主人公氏。
この本読んでいると、ヒトよりも蟲の方が上のような気になって来るので、この「非人道的」と言う言葉でさえ誉め言葉に聞こえてしまうかもしれない。


主人公氏と社長氏。さっさとYouTubeへUPするなり、WEB上のどこかへ保存すればいいものを・・・。
録画ビデオを奪取しようとしてくるグループに散々追い回される。

本の終盤で人が絶対服従者となって、たった一人で、しかも素手で自分が通れるほどの大きさの横穴、縦穴とまさにアリの巣を作らさせられ、そしてとうとう完成させてしまうシーンがあるのだが、作者としてはどのくらいの期間のつもりで書いたのだろう。

生還した後のやり取りを読む限り、せいぜい数週間程度のつもりで書いたのでは無かろうか。

ノミと金槌を持って掘ったにしろ、何十年がかりの仕事だろう。
ましてや素手。

まぁ、アリがバーのママをして、ハエがトラックの運転手をする世界だ。
そんな細かいことを言ってもはじまるまい。

我々人間は虫などいつも簡単に踏みつぶしているし、ニワトリなどはブライラー工場という、まさにもはや生き物というよりも工業生産品のごとくに扱っているにも関わらず、この本の中の蟲たちに共感してしまうのは、彼らがヒトの言葉を話すからだろうか。

彼らの生き方に何やら矜持を感じるからなのかもしれない。

第24回(2012年)日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。



絶対服従者 関俊介 著


28/Jan.2013
萌の朱雀  仙道直美

過疎化の進む村でのお話。

登場する人たちも、風景もとても静か。

登場人物の感情が澄んでいて、まっすぐ入ってきます。

でもだから、とても悲しい。

ざっとあらすじ。

過疎化の進む「恋尾」に暮らす主人公みちる。
優しく物静かな父孝三と母泰代に大切に育てられた高校生。
兄妹のようにして育ったいとこの栄介に恋をしています。

孝三は、村に待ち望まれてきた鉄道の工事に長年従事していましたが、
その計画が中止となり、失業してしまいます。

それでも家族で協力して生きていこうとみなで頑張りますが、
孝三は現実を受け入れられませんでした。

多くを語らずとも理解し合い、支えあってきた孝三と泰代夫婦。

孝三を柱として暮らしてきた恋尾で
泰代は暮らし続ける事ができませんでした。

そして恋尾に暮らしてきた家族はばらばらになってしまいます。

一番印象に残っているのは、
みちると栄介がまだ子供の頃の夏、家族でピクニックへ行く場面です。
家族でお弁当を食べて、お茶を飲んで、子供たちが遊ぶ。
天気がよくて緑がたくさんあって、暑いけど木陰は涼しい。
その光景が目に浮かぶようでした。

自分の子供時代にも、家族で出かけて、母の作ったお弁当を食べてその周りで遊んだ記憶があります。

父と母の姿がちゃんと見えて、お腹がいっぱいで、完璧な安心感のど真ん中にいました。無くなるわけが無いし、壊れるわけが無いと思っていた幸せでした。

だからみちるが大切な家族を失って、家族がばらばらになっていく姿に心がじんじん痛みました。

無くなったから、ばらばらになったから、幸せだった気持ちがなくなるわけではありません。
でもできる事なら失いたくないし、今ある幸せを十分に大切にしないといけないと思いました。

そしてこの物語では過疎化についても考えさせられます。
生まれ育った土地を大切にしてきた人たちの思いが、
世間の流れにかき消されている現実があります。
過疎化の問題は都会に住んでいると忘れてしまいがちですが、
考え続けていかなければいけない問題だと再認識しました。

この本は、心がちょっと痛むけど、
心がちょっと澄んだように思える一冊です。

萌の朱雀 仙道直美著


01/Sep.2010
知られざる坂井三郎 -「大空のサムライ」の戦後- 零の会

小学校の頃に、ゼロ戦の戦闘記を読んで感激した覚えがある。
戦後も生き延びたとされていたと思うのでひょっとしたら、この坂井三郎さんが書いたのか、誰かが坂井三郎さんのことを書いたのを読んだのかもしれない。

この本「撃墜王」として名を馳せた坂井三郎さんが亡くなって13年、坂井さんをを偲んで「零の会」という会の方々が文章を寄せている。

「零の会」という会の名前からして、元零戦のパイロットの集まりだろうと思っていたが、もうそんな人は何人も残っていないか。
この会の人は全員零戦に乗るどころか、戦争も体験していない坂井三郎さんのファン、もしくは坂井さんを師と仰ぐ人たちだった。
ゼロ戦の操縦士としての達人は人生の達人でもあった。

坂井さんの書いた本を読んだからと、いきなり家へ訪ねて来た人ですら、本に揮毫を書いて下さるだけでなく、家にあげてもてなしてしまう。
ヒマな人かと言えばとんでもなく、講演会では引っ張りだこ。執筆の頼まれごとも数多い。

この本の構成は良く考えられていて、半ばまでがそういうファンの人たちの思い出話なので、これ以上続いてもなぁ、と思う頃に息子さんが登場し、意外な事実を暴露。
次に娘さんが登場。戦後教育の走りだっただろう娘さんにしてみれば、父が軍人だったことそのものが名誉のはずがなく育ってきているのだが、アメリカへ留学し、アメリカ人の軍人と結婚し、父親の通訳を何度も経験した彼女はまぎれもなく父を尊敬している。

そして最後が坂井氏の監修によるゼロ戦に乗る際のマニュアルだ。
とたんに面白くなってくる。

坂井氏の言っていること、書いていることでは、百田尚樹氏のベストセラー「永遠の0」の中で触れられている、ラバウルのことや南方戦線のことを思い出した。

百田氏も坂井氏の書いたものや話されたことをかなり参考にされたのではないだろうか。

「永遠の0」の主人公宮部と坂井氏の何よりの類似は生きて帰るんだという強い意志。
宮部が生きて家族のもとへ帰ることを第一義としていたのに対し、坂井氏は戦うためには生き続けなければなんにもならない、と目的のところは違うかもしれないが、生き残るための安全性の確認たるや、徹底している。

戦後にもそれは生き続けていて、安全性確保のためのネジが3本あるはずのところ、2本で応急対処している状態などを決して放置出来ない。

それより何よりこの人、撃ち落とす相手あったアメリカ軍兵士に絶大な人気があり、毎年のようにアメリカの式典などに招待されている。

それは坂井氏が書いた本の英訳版の英訳本の影響もあるかもしれないが、坂井氏の話に死地をくぐり抜けた軍人同士でしかわかりあえない共感のようなものがよびさまされるからなのかもしれない。



知られざる坂井三郎 -「大空のサムライ」の戦後- 零の会 編


20/Jun.2014
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