読み物あれこれ(読み物エッセイです) 検索エンジン MMI−NAVI

読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
May.2013
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
著者検索
+ ア行
+ カ行
+ サ行
+ タ行
+ ナ行
+ ハ行
+ マ行
+ ヤ行
+ ラ行
+ ワ行
作品検索
+ ア行
+ カ行
+ サ行
+ タ行
+ ナ行
+ ハ行
+ マ行
+ ヤ行
+ ラ行
+ ワ行
何者 朝井リョウ

朝井リョウという人、初の平成生まれの直木賞受賞者で、本作がその受賞作品。

3回生の終わりから始まる大学生の就活が描かれる。

学生時代から書き始めた人でつい昨年まではまだ学生をやっていた人だけに、ここに書かれていることは今日の就活の実態そのものなんだろう。

名刺を作り、大学でのサークルでの役職などを肩書きに載せ、大学OBの社会人と名刺交換をしてそれを人脈と呼び、そこからつながった就職担当者のメールアカウントから検索してSNSアカウントを見つけ、twitterで就職担当者に向けての情報を発信しようとする学生。

そうかと思えば、就活に何の意味がある?とばかりに開き直り、就活しない宣言をする人。
そう言っていた当人を別の就活学生が企業の試験会場で見かけたりする・・。

主人公君の同居人がおもしろいことを言っている。

名前も知られた大企業の内定をもらうことだけで、即、神様の如く尊敬を得られてしまう。
俺は単に就活という活動が得意だっただけなのに。

数学が得意、水泳が得意、料理が得意、陸上が得意、サッカーが得意、人それぞれに得意不得意があるだろうに、就活が得意なやつはそれだけで神様のようなまなざしを向けられ、不得意なやつは全否定されるっそれってどうなんだ、と。
本文を正確には覚えていないがそんな主旨の言葉だ。

内定をもらった人ももらってない人もまだまだ何も始まっちゃいない。
スタートラインにさえついていない。
何者にもなっていない。
それに気がついた彼は偉い!と思えてしまうほどに、それだけが人間の価値と思っている人があまりに多すぎる。


この本、就活のことを柱に置きながら、twitter、facebookといったSNSに依存する今日の学生のコミュニケーションの取り方というものにもスポットをあてている。

彼らは何故、誰かとあんなにつながっていたいんだろう。

twitterをはじめSNSで発信される言葉など、生身で話す言葉と比べればなんと表面的で薄っぺらいものか、彼ら自身が一番よくわかっているだろうに。


何者 朝井リョウ


27/May.2013
日露エネルギー同盟 藤 和彦

今年(2013年)の1月に出版された本。
安倍首相が誕生して一ヶ月経つか経たないかの時期に出版され、その後の安倍政権の指南本にでもなったのではないか、とすら思えるほどに事実がその後をなぞっている。

タイトルこそ、日露エネルギー同盟だが、本書の大半はアメリカ、欧州、中国のそれぞれの危機、今後の心配事にページが割かれている。

アメリカでのシェールガス革命以降、もはやアメリカは中東の石油に依存する必要がなくなる。
となれば、アメリカは中東から徐々に距離を置き始めるのではないか。
ならばアジアに軸足を移すかと思いきや、アジアからも手を引き、アメリカは世界の警察であることをやめてしまうのではないか。
アメリカはかつてのモンロー主義ならぬ新モンロー主義に走るのではないか。

中国は成長が鈍化し、急成長で維持していた国内の不満を対外に向けるためにも、南シナ海、東シナ海での緊張状態をもっと高めるのであろう。
今後は、もはや戦争も辞さずの構えで来るだろうから、一触即発の危機は常にある。
アメリカのことも中国のことも複数の著名な方、著名な新聞の記事なども引用しながら説明されている。

このあたりのことについてとなると、以前、中国については誰よりも詳しいと言われる石平氏にお話を伺ったことがある。
石平さん曰く、尖閣周辺の緊張は今後何年も何年も続くでしょう。
中国は一触即発のギリギリのところまで、意図的にやってくるでしょう、
習近平は軍に対しても国内メディアに対しても強気の発言を続けるでしょう。
でも、一線を超えることは決してしませんよ。
そこでしくじったら習近平の立場がなくなるどころか、共産党一党支配の体制そのものも崩壊してしまうでしょうから。

と、緊張は続いても戦争にはしない、というご意見だった。

いずれにしろ、アメリカが中東から完全に引くとなると、ホルムズ海峡を通る原油に依存する日本に心配事が増える。

中東各国も石油の国内消費が増えつつあり、輸出一辺倒ではなくなってくる。

中国の覇権主義に対抗するための防波堤としてもその周辺国と緊密な関係を築く必要がある。

その中でも最も重要ななのはロシアだ、と。

そして、石油からガスへとエネルギー源が変わっていくのは、もはや世の趨勢である、と。
日本は樺太から北海道を経由して日本国中に建設された高速道路網を使ってパイプラインを建設すべきだ、と。
筆者の提言は続く。

安倍政権は発足直後に自ら東南アジアを歴訪し、GW期間中主要閣僚は東南アジア、自らはロシアへ赴き、プーチン大統領と会談。
2プラス2の立ち上げまで話を展開させてきた。

ロシアも実は中国との間でウラジオストックを巡って領土問題を抱えているのだ。

なんだか、ここまで符合してくると、この著者、ひょっとして安倍政権のブレーンにでも入ったのではないか、とさえ思えてくる。

もともと経産省から内閣官房へ出向した経歴を持つ人だ。
あながち有り得ない話ではないかもしれない。

日露エネルギー同盟 藤 和彦 著


17/May.2013
姑獲鳥の夏 京極夏彦

京極夏彦という作家の本は、‘読んだ’ことはなくても、書店で‘見た’ことのある人は多いのではないだろうか。

本屋の文庫コーナーにある、ひときわ分厚い辞書のような小説。
彼の小説(特に京極堂シリーズと呼ばれるもの)は1000ページ前後の作品ばかりである。
驚くべきはページ数だけでない。
こんなにも長いストーリーでありながら、無駄な文章が一行たりともないことだ。
一言一句すべてが、謎を解決するのに不可欠な内容ばかりなのである。

そんな彼の作品の中でも何年かに一度読み返したくなるのが、デビュー作である「姑獲鳥の夏」だ。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と言う中禅寺秋彦(京極堂)。
梅雨も明けそうなある夏の日、関口巽は巷での噂について、意見を求めに京極堂へ向かう。
その噂とは久遠寺家についてであり、「二十箇月もの間子供を身籠っていることができるのか」というものだった。
ふたりはこの奇妙な話について問答することになる。
これをきっかけに事件に巻き込まれていくのだ。

また、その噂が他の複数の事件とも関係していたことが判明する。
久遠寺家の一件以外にも嬰児死亡事件など、同時進行でそれぞれの事件が展開していくことになる。
こんなにも事件が広がってしまって、果たしてどう収拾がつくのか。
予想が立たない展開が見ものだ。

シリアスな物語なのかと思えば、中盤からは、人間を一目見るだけでその人物の過去や記憶が見えるという探偵・榎木津礼二郎の登場で空気が明るく一転したりする。
関口・京極堂・榎木津の付き合いは戦時中から続くものであり、事件の謎も気になるところだが、彼らの変わった形の友好関係にも注目だ。

最後まで読者を飽きさせない作品である。

充足した内容なのに、読んでも読んでも減らない膨大なページ数。本好きにとってこんなに幸せなことはない。


姑獲鳥(うぶめ)の夏 京極夏彦著 講談社文庫


16/May.2013
海辺の小さな町 宮城谷昌光

ある青年が住み慣れた東京で受験せず、愛知県の大学へ進学し、知多半島と思われる海辺の小さな町で暮らした4年間を描いたもの。

宮城谷昌光と言えば、中国古代の専門家。中国古代ものと言えば宮城谷昌光以外の名前はそうそう浮かんで来ない。
そんな宮城谷氏が、日本を舞台にした現代の青春小説を書いているというのを聞き及んで早速、購入に至った。

確かに青春小説には違いないだろが、ずいぶんと良く出来た学生さん達なのだ。
今どき、こういう学生さんにに巡り合うことはそうそうないだろう。
学生というより書生さんという言葉がぴったりとくるような学生さん達だ。

下宿へ入ったその日に隣の部屋の同じ一回生と早くも友達になる。
クラシックが好きでかなりマイナーな曲でもすらすらと作曲家やタイトルが言えてしまう。
女性に対する視点も一昔前の少年のような純朴そのもの。

宮城谷さんの学生の頃ってこんな感じだったんだろうな、と思わせられる。

主人公は友人のすすめもあって写真にはまり出すのだが、その描写はこの作品が写真雑誌に連載されていただけあって、かなり専門的なところまで掘り下げられている。

実際に宮城谷氏そのものも本格的に写真にはまっていた時期があって、この本にも出てくるような写真雑誌の月例コンテストに応募し、賞も受賞したのだという。

写真がテーマだからというわけではないだろうが、文章が写実的で美しい。
風景が目に浮かんで見えるようにも思える。

それを持って宮城谷氏らしいという評に出くわしたが、私はそうは思わない。
中国古代を描いている宮城谷本からはこんなありありとした風景は見えて来ない。

宮城谷作品の新たな一面を見たような気がする。


海辺の小さな町  宮城谷昌光


14/May.2013
ジパング島発見記 山本兼一

以後よく(1549年)伝わるキリスト教。
誰しも頭に残っている年表語呂合わせではないだろうか。

1500年代に日本を訪れた宣教師たち。
その時代に日本を訪れた7名の西洋人の目から見た日本。

彼らも布教するためなら、と数多の危険を顧みず、ここまでたどり着いたというキリスト教でいうところの聖人君子ばかりだったか、というと、どちらかと言えば、せっぱつまって、やむにやまれぬ事情でジパングまで流れ着いてしまったという人の方が多かったりする。

7名の人の視点で、ルイス・フロイスが書いたが如くに書いてはいるが、それぞれの一篇一篇はルイスフロイスが書いたものを下敷きとした作者の創作だろう。

7名の人達の見る日本と日本人のイメージはそれぞれ異なるが、共通しているのは、仏教や八百万の神を悪魔だのと嫌う点。
それに織田信長に対する畏敬の念だろうか。


「織田信長が本能寺で討たれなければ、日本は早い段階から開かれた先進国ぬなっていたものを、三河の田舎の閉鎖意識が国を閉ざしてしまったために最新技術に乗り遅れた」のとおっしゃる歴史学の先生がおられたが、果たしてそうだろうか。

江戸鎖国260年は、日本独自の洗練された文化を生み、日本独自の道徳観、倫理観などに磨きをかけたのもこの期間あってのことだろう。

それに宣教師を送りこんで、住民を懐柔した後にその地を植民地化していくのは当時のキリスト教国の常套手段だった。

秀吉がバテレン追放を行い、江戸幕府がキリスト教を禁教したのは極めて妥当なことであったろう。
逆に言えば、その当時にこの島国にあってよくぞそれだけアンテナを張りめぐらせてキリシタンの情報を収集したものだと感心してしまうほどだ。

この作品、こころみとしては面白いが、好きか?と尋ねられたら、決して好きな作品とは言い難い。


ジパング島発見記  山本 兼一 著


14/May.2013
    12 >>