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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Nov.2017
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忘れられない脳 ジル・プライス

幼い頃の記憶、小学校や中学、高校の記憶、人間とはどんどん忘却していくものだ。

その忘却を一切しないとしたら、どんなことになるのか。

この本に書いてあるのは全て実話だ。

10年前の出来事だろうが、20年前の出来事だろうが、X月X日X曜日、私は何をして誰とどんな会話をして、その時にリビングからは○○テレビのこんな映像が流れていて・・・。

それが特にに特別な日だったわけじゃない。

物心ついてからのすべての日の記憶を鮮明に、まるで録画放送を流すかのように頭の中を記憶が駆け巡る。

これは特殊な能力なのだろうが、それによって、著者が何か得をしたとかいうことは特にない。記憶力に優れているといっても日常の記憶であって、教科書を丸暗記できるような記憶力とはまた違うのだ。

ある出来事を思い出すと、それに関連した出来事が次から次へと思いだされ、頭の中を暴走し始める。もうそうなるとほとんどパニックみたいなものだ。

記憶力がいいことは素晴らしい能力のように思いがちだが、この本を読むと、そもそも記憶することが能力なのか。忘却することの方が能力なのか、寧ろ後者ではないか、などと思えてしまう。

人は、不愉快な出来事、つらい出来事、悲しい出来事、そんなもの忘却の彼方に置いて行くことで、前向きな生き方が出来ている。

また、若かりし頃の記憶、学生時代の記憶など、思い出すたびに自分を美化し、自分に都合のいい記憶に塗り替えて覚えている。

昔はこうだったんだ!ああだったんだ!という自慢話に尾ひれを付けることを続けて行くうちに、どんどん記憶そのものも上書きされていくケースなど山のようにあるだろう。

それが出来ず、何かの連想でつらい日を思い出さざるを得なくなった場合、そのまんまの記憶で思い出すことはなんとつらいことだろう。

友人とのちょっとした口げんかなんかでも、皆すぐに忘れてしまうから、次に有った時には元通りで居られる。
会うたびにそのことを鮮明に思い出してしまっては、いつまでたっても気まずい気分から抜け出せない。

それでもこの能力、もっと何かに役立てないのだろうか。
裁判の証人になら完璧だろうが、そんな事件に出くわす可能性の方が低い。
彼女が囲碁棋士を目指すひとなら、場面場面を鮮明に覚えていることは強みにはなるだろうが、それだけじゃプロ棋士としては完璧じゃない。
棋譜はコンピュータが覚え、映像は録画ビデオが記憶してくれている。
彼女の強みはその膨大な録画を蓄えるハードディスクの容量と、何らかの検索キーワードでそれを呼び出す検索速度。
何十年の毎日毎日の全記憶ならスーパーコンピュータ並みだ。

やはり、まだまだ未解明の脳研究、記憶の研究に力を貸すのが、最も何かに役立てている、ということになるのだろう。


忘れられない脳 -記憶の檻に閉じ込められた私- ジル・プライス著


13/Sep.2016
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