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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Nov.2017
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帰宅部ボーイズ はらだ みずき

帰宅部という響き、あまりよろしいものでは無さそうだ。

それでも登場人物たちは、人嫌いで帰宅する道を選んだのでも無ければ、ひたすら帰宅して受験勉強に打ち込んだわけでも無く、帰宅してテレビゲームやインターネットをしたかったわけでもない。

登場人物達はテレビゲームやインターネットにいそしむ子ども達の親の世代なのだ。
その世代の人たちの中学生時代がこの話の舞台になる。

この話、子供が小学校で暴れたと悩む妻の話を聞いた父親の昔の思い出話からはじまる。
暴れても仕方ないさ。
この苗字だものって。
矢木家なら誰しもヤギさんメェー、メェーと同級生に冷やかされ、おちょくられ、暴れるまで喧嘩しまくるってか。
阪神タイイガースの名選手だった八木だってそうだったってか。

ここでは書けないが、そんなのよりよっぽど弄られやすい苗字で、さぞかし小学校時代は相当にそれだけで弄られただろうな、と思われる苗字の人を知っている。
そんな思いを持ちつつも物語にはひかれて行く。

この中学校、自分の好きなクラブ活動の部に素直に入れてもらえない。
第三候補までを書いてそれを持って教師がどのクラブに入れるかを判断するという珍しい中学校なのだ。
その当時その地方では珍しくなかったのかもしれないが・・。

主人公の直樹は野球が好きでそれでも野球部には入れず、辞めて行く何人かが出て初めて野球部への入部を認められる。

だが、実際に野球部に入ってみると、そこで行われていることが野球なのだろうか、と疑問を抱く。
これは割と多くの中高体育会クラブで見受けられることなのかもしれないが、そこでは選手(=中学生)が主役でなのではなく監督が主役であり、監督が王様だった。
そこにはチームメイトという概念すらなく、味方でもライバルでもなく監督に認められた選手とそうでない選手の差別社会の世界でしかなく、まともな練習よりも野次を飛ばす練習を強要される。
そんな野次を飛ばすことを拒否した直樹にはケツバットが待っている。
これがスポーツなのか?
こんな中じゃ精神的に強くなるどころか、性格が捻じ曲げられてしまううのではないかと考えた彼は苦悩の末に退部を決意し、帰宅部に至る。

それはレギュラーになれないヤツの負け惜しみだろう、とか、もし彼がイチローほどの才能があれば、監督も放っておかないのじゃないのか、と野球部出身者は言うかもしれない。
だが、思うにこんな監督の下ではイチローは誕生しなかったのではないだろうか。
選手に「性格が捻じ曲げられてしまう」と思われる監督は野球部監督はおろか指導者としてもはや失格である。

方や、サッカー部に入部した「カナブン」君は運動神経たるや小学時代から群を抜いている存在だったが、サッカー部ではディフェンスの彼が先輩フォワードのボールを奪取したという理由だけで先輩からつるしあげられそうになる。
これは有り得ないが、それなことなら辞めてやるよ、と言うとこれも有り得ないことに先輩に喜ばれる。
こうしてもう一人の帰宅部誕生。

美人の誉れ高い同じ学年の女子生徒をカメラで隠し撮りしようとしていた写真部の一年生。
なんのことはない。それは彼の趣味では無かった。
写真部の先輩の命令で盗み撮りをして先輩はそれを販売していたのだという。
彼もまた帰宅部へ。

クラブに入れば健全かと言うとそうではない。
この学校ではクラブに入っている方が不健全だったわけだ。

運動神経の良い二人と文学少年であり哲学少年の一人。
喧嘩の強い二人と暴力反対の一人。
そんなこんなでこんなで親しくなった帰宅部の彼ら。

部活をしないからと言って青春を無駄に過ごしたわけではない。

林へ森へクワガタを取りに行ったり、自分達の手作りのスケートボードで遊んだり、映画を観に行ったり。
はたまた写真の得意な文学少年君は何時の間にやら手に入れた8ミリカメラを持って自分達を映画にしようとしてみたり、部活で青春しているよりよほど健全で活き活きとしていたりする。

小学校時代が楽しかったと言う人はヤマほどいるだろうが、中学時代が楽しかったなんて言える人がどれだけいるのだろうか。

やけに公務員っぽい教師。
それとは逆に熱っぽい教師がいると思えばバリバリの日教組で「沖縄には核が来ているんだ」と数学の授業中に演説をはじめてみたり。
公立高校へ行きたくば逆らうとこうなるぞ、と言わんに伝家の宝刀ならぬ内申書という名の宝刀を振りかざして生徒を威す。

いや、今の教師見て御覧、モンスターペアレントに悩まされるあのかわいそうな教師達を。
とばかりにメディアにはかわいそうな教師達が顔を隠して声も変えて登場させたりするけれど、確かにモンスターペアレントはひどいかもしれないが、彼らの先輩達がどれほど子供と大人の端境期という中途半端で繊細な心持ちの中学生達に対してまともに向き合わなかったのか、も併せて報道しなければ嘘だろう。

この小説に出て来る帰宅部ボーイズ達は、家に閉じこもるイメージのつきまとう「帰宅部」という言葉とは裏腹に精神的に自立した人たちなのだ。
人並みであることよりも、その時の人生を楽しむことを選んだ。

帰宅部も大いに良しだろう。

帰宅部ボーイズ はらだ みずき (著) 幻冬舎刊


13/Aug.2011
赤いカンナではじまる はらだ みずき

出版社の編集者達が主役の短篇が五篇。

本屋へ行って、本の並べ方に個性を感じ、この並べ方はあの人がやったに違いない、などと思うことがあるだろうか。
本屋も場末の駅前の小さな本屋などでは、まともな単行本にはもはや見切りをつけたのか、並んでいるのはコミック本が大半であとはマニア向けの雑誌、広告にあるようなビジネス本ばかり。
それでもわずかながら文庫本のコーナーが残っていたり、たまには新刊本が並んでいたりするのはまだまともな本屋だろう。

小さな本屋と言えば老眼鏡をかけたオヤジが本を読んでいるフリをしながら垂らした老眼鏡の上からギョロっと万引きをされやしないか、と客を睨んでいる姿などは、ドラマかアニメの世界の話だろう。
書店の店員、店主というのは重労働なのだ。
売れ行きの悪い本を棚から下し、毎日、毎日、届く新刊本に入れ替えて行くそれだけでも結構な労働なはずである。
本を読んでいるフリをして客を監視している暇などはおそらく無いだろうし、自分の趣味に応じた本の並べ方をするなどというのは、よほど豊富な人材を抱えた本屋でしか出来ないのではないだろうか。
本当に欲しい本を探すには大手の本屋に足を運ぶしかないし、そこでは大抵出版社毎、作家毎にきれいに並んでいる。

この本の「赤いカンナではじまる」に出て来る女性書店店員はそれをやってのけている。出版社の営業マンが見て一目で彼女の本棚だとわかってしまうほどに。

店員が本の並びに拘れる本屋というのはどういう本屋なのだろう。
この書店の規模が中堅どころというのがミソなのかもしれない。
実際に出版社勤務を経験した作者が書いているのだから、そういう本屋というのは存在するのだろう。

わが身を振り返れば、我が家の自分の部屋の本棚はかつては自分の好みで並びを考えた頃も確かにあった。
引越しを繰り返すうちに本棚の本の並びなどは無茶苦茶になり、一旦そうなってしまうと、次から次へと購入する本は、本棚の前へ積んでおくようになり、やがてそれは二重になり三重になり、今では探したい本を探すことも不可能になってしまった。

たまに段ボールへ本を詰めて古本屋へ売りに行ったりする時に全く同じ本が出て来たりする事など一度や二度では済まない。
すでに整理するということは放棄してしまった。

こんな書店員みたいな人が家に一人でも居れば、だいぶんと違ったことになったのだろうなぁなどとくだらないことが頭によぎりながらこの本を読んでしまった。

そのこだわりを持って本の並びを考えるこの店員。
毎日届く、新刊の段ボールの中から、「赤いカンナ」ではじまる本を探していた。

それ以上のことは未読の方のためにも書いてはいけないのだろう。

短篇で各々が別の物語であるが、出版社の営業マンとして同じ名前の人物が何回か登場したりもする。

「風を切るボールの音」
高校時代のサッカー部のキャプテンとマネージャーの10年ぶりの再開。
今でもサッカーの世界から離れられない元キャプテン。
彼女とは高校を卒業してからしばらく付き合った仲だというのに彼女のSOSを無視したこの男。
なんだか、わかるでようでやはりわからない。
何故か。我が高校時代は同じサッカー部でも男子校で女子マネージャーなど存在しなかったからか。
彼はマネージャーではなく、同じチームメートからのSOSなら駆けつけたのだろうか。わずかな期間でも付き合っていなければ駆けつけたのだろうか。
その時の彼の心境は10年近く前の彼にしかわからないのだろう。

「美しい丘」
これがおそらくこの本の秀逸。
秀逸なだけに敢えてふれないでおこう。


「いちばん最初に好きになった花」


「最後の夏休み」
大学の四回生になっても就職活動をせず、アルバイトで売るはめになった家電の掃除機。到底無理だと思えた店頭販売セールス。それでも掃除機100台を売ってやると決めて売り切ったこと。

成り行きで捕まえることになったザリガニ百匹。
どちらも目標は100。

この主人公、家電の営業にでもなればいいのに、などと思ってしまうのはこの就職難のご時世だからだろう。

自分はいったい何をしたいんだ!という若者の心を表したかったのかもしれないので、おそらく作者の意に反する感想かもしれないのだが、100台を売り切り、100匹を捕まえた、やりぬいた彼には大いなる達成感と自信を持って社会人への一歩を踏み出せるのではないだろうか。
などとこの作者の読者にあるまじき素直な感想を持ってしまった。


「赤いカンナではじまる」 はらだみずき (祥伝社)


27/Oct.2010
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