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Jun.2017
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赤猫異聞 浅田次郎

矜持というものを巧みにあやつり、人の心を鷲づかみにする。
これでもか、っとばかりにぐっとくるいい話を書かせたら、浅田次郎の右に出る人はそうそういないんじゃないだろうか。

江戸の町に大火事が発生した時、牢獄の中の人間を、一旦解き放ちを行う習慣があったのだという。
もちろん、牢の中で焼け死んでしまうようなことがないようにだ。

解き放った後、鎮火した日の夕刻には定められた場所へ戻ってくる事。戻らなかった者は死罪。戻った者には減罪とする。

その解き放ちのことを「赤猫」と人は呼んでいたのだとか。

習慣といったって滅多にあることではなく、牢奉行なる仕事をしている人達が一生に一度巡り合えるかどうか、というほどの頻度。

明治初年という、極めて特殊な時にそれは起こった。

前回が天保年間の20数年前。
その時に解き放った牢の中の人達はなんと全員ちゃんと戻って来たそうだ。

火事のどさくさに紛れて逃げてしまうのは容易だったろうに、それでも戻ってくるのは解き放ちを命じてくれた牢奉行への恩義に報いるためだ。

明治初年という江戸が最も混沌としている中、天保年間の時のように果たして皆は戻って来るのだろうか。

その話だけでも充分に値打ちがあるのだが、ここに特殊な事情を持った三人の囚われ人が登場する。

一人は、賭場を仕切らせれば天下一品の博徒。
親分の身代わりで捕縛されるが、その器量にて牢名主として牢内を仕切っている男。
理不尽な沙汰で打ち首になる寸前に赤猫騒ぎが起き、一命を取りとめた。

一人は、旗本直参男。
鳥羽伏見の戦い、上野のお山での戦で死に場所を見つけ切れず生き延びて、その後、夜な夜な偉ぶる官軍を切りまくっていた男。
辻斬りの罪として捕縛されているが、彼にすれば不本意だろう。辻斬りではなく戦の延長としてやっていたのだから。
しかして、薩長の小役人を切り廻る男を解き放っていいものか。

もう一人は夜鷹の元締めをする威勢のいい姉御で、江戸三大美人と言われた人。
罪科はもちろん死罪に値しないが、お役人の弱みを握っている。
解き放って良いものか。

揉めた末に、三人共解き放ちが決まる。
但し「三人共に戻れば無罪、一人でも逃げれば全員死罪」という条件付きで。


そこから、彼らの物語が始まる。

浅田氏が書いた幕末もの、大抵は薩長が敵。旧幕府側の人の立ち位置で書いたものが多い。
薩長のいなか侍が260年の江戸の文化・歴史も知らずに、何を戯けたことを!という江戸庶民の声が浅田氏には聞こえるのだろう。

やれ改革だ、解放だ、方や叫ぶが、実は江戸260年の積み重ねの仕組みはかなり良く出来上がっていたのだ。
火事にあたっての火消しと言い、牢屋の中のしきたりといい。

この物語、この三人の千両役者だけの物語全てだと思ったが、それだけでは無かった。

260年間、武士でありながら不浄と蔑まれた立場の牢屋同心。

彼らの矜持もまた、見事なのである。



赤猫異聞 浅田 次郎著


07/May.2013