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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Sep.2017
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IN  桐野夏生

あの『OUT』を書いた同じ作家が今度は『IN』。
どれだけ期待したことだろう。

『OUT』とは主婦たちによるバラバラ殺人の物語。
殺人をすることが目的ではなく死体処理としての解体作業という凄絶ことを行いながらも方その凄絶作業としての労働として割り切って副収入を得る主婦たちを描いた衝撃作である。

方やこの『IN』という作品はそういう要素は全くない。
作家の物語である。
その作家、鈴木タマキはがかつての大物作家の小説の中に出て来る不倫相手を特定しようとする。大作家とはいえ、そこは小説なのだが、妻の名前や娘の名前も実名で書かれてあって、到底想像の産物とは思えない。
実際にあった話ならそのモデルになった女性が必ずや存在するであろうと。

そういうコンセプトの本ならそれはそれでいいだろう。
だが何故、『IN』なのだろうか。
あまりに『OUT』を意識させるタイトルじゃないか。
それぞれの章立ての章タイトルが「淫」であり「隠」「因」「陰」「姻」とあたかも韻を踏んでがいるかの如くにインなのだが、いかにもとってつけたインじゃないか。

主人公そのものが編集者とかつて愛人関係にあり、その関係をこの大作家の愛人関係と重ねて考えたりする場面が多々あるのだが、編集者と作家、というのはタイトルの付け方だけでも丁々発止するものらしいので、この『IN』というタイトルにも案外集英社のベテラン編集者が命名したのかもしれない。

で、登場する大作家、緑川未来男というなんとも大作家らしからぬ名前なのだが、自身の愛人関係を赤裸々に書き上げる。
そこには、実名で登場してしまった妻や娘に対する気遣いなど一切なきが如く。

実際に誰に対して一番気遣いが無かったのかは、後半以降を読めばわかる。

大作家で赤裸々にと言えばなんといっても谷崎潤一郎あたりが思い浮かぶ。
妻は千代。この緑川の書いた「無垢人」に出て来る妻は実際の妻の名前である「千代子」。だがそうではあるまい。
谷崎よりも寧ろ谷崎の賞を取った島尾敏雄の「死の刺」あたりが近いのかもしれない。

島尾敏雄と言う作家はあまり好んでいないので、自分の好んだ作家を例にあげるなら、なんといっても「檀一雄」だろう。

別にモデル探しをしているわけではない。
自身の愛人生活を赤裸々に描いた代表作は『火宅の人』相手は女優の入江杏子だといわれたが、その入江杏子なる人はあまり知られていない。

あれこそ、想像から産み出たものなどこれっぽっちもなく、壇一雄の有り様そのままだったのではないか、と思っているのだが、それはこの緑川なる架空の大作家の生き方をそのまま小説にしたのだろうと、主人公が思い込むのと同じ発想なのかもしれない。

その当時の壇氏は全く家庭を顧みることないが、夫人はこの緑川の夫人の千代子のように嫉妬に狂うわけでもなく、娘の壇ふみさんは最近トンと見ないが、一時は知的な雰囲気の女優として結構活躍されていたと思う。

壇氏を語る上で欠かせないのが、なんと言っても『リツ子・その愛』『リツ子・その死』だろう。
自分の最も好きな本だ。
これももちろん想像の産物などと思ったことはなく。
あの中での太郎の「チチ」「チチ」が忘れられない。
リツ子・その死に至らなければ、壇一雄は火宅の人にならなかったかもしれない。
というよりもならなかっただろう。

『火宅の人』にせよ『リツ子・その死』にせよ、自身の周辺を書いてしまっている以上、『リツ子・その死』で出て来るリツ子の親戚連中は悪者以外の何者でもなく、私小説と言われる類のものはやはり誰かを傷つけるのは必至であり、やむを得ないものなのだろう。皆が善人で非の打ちどころのない人間ばかりの私小説なと有り得ない。
ファンタジーでも有り得ない。


この『IN』では、そういう誰かを犠牲にして成り立つ小説というものを方や取り上げながらも実際に一番愚かだったのは誰だったのだろう・・・といろいろなメッセージを投げかけているのかもしれない。

ただ、壇一雄に戻って申し訳ないが、『リツ子・その死』で悪く書かれた人(もちろん実名で出ているわけではないが、周囲の人ならわかるだろう)は、誰かを犠牲者にしてなどと言うつもりはこれっぽっちもなく、寧ろ正直に書く事で、さらにそれが発表されることでの復讐的意図さえあったのではないかとさえ思えてしまう。
ただ、それはモノが豊かになったこのご時世で言えることで、戦後間もないあの時期に誰しも私小説家に何を書かれようが、どう思われようが気にするゆとりもなかったことであろう。

『OUT』のことは取りあえず忘れることにして、そんなこんなを思わせてくれる本でした。


IN 桐野 夏生 著(集英社)


24/Feb.2010