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Jul.2017
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楊家将 北方謙三

宋の時代のお話。
宋という国、春秋時代にもその後も中国の歴史には何度も登場する。
この話の宋という国は日本の歴史で言えば遣隋使、遣唐使が小国乱立の時代で一旦途絶え平清盛の時代に日宋貿易という形で再び登場するあの宋の前身。五代十国を統一した宋だろう。
その後に日本の歴史に顔を出すのは蒙古襲来のモンゴル帝国、室町幕府と日明貿易をする明。

中国という国、いったいどれだけ王朝の数がめまぐるしく変わったことだろう。日本もその間、奈良・平安・鎌倉・室町と武家の棟梁は変わって行っても王朝はずっと継続している。
四川省の大地震の発生で話題から消え去った観のあるチベット問題。あの問題の根っ子は何より中国の同化政策に他ならない。
中国の同化政策というもの今に始まったものではない。この長い歴史の中で王朝が変わる都度、同化政策は行われて来ただろうし、他国の版図を奪う都度行われて来ただろう。中国の歴史はまさに同化政策の歴史と言ってもいいのではないだろうか。
周辺民族に対しての同化政策も同様で中には進んで漢化して来るような国もある。
北方の民族は同化される事を嫌った側である。宋にとってのその北方の敵が遼。

宋は統一したといっても燕雲十六州と呼ばれる北京を中心とした万里の長城の南側の一帯は遼という国の版図のまま。
宋の帝はこの燕雲十六州を奪回することを悲願としている。

その遼との国境の守備を一手に引き受けたのが楊一族。
楊一族というのは楊業という有能な武人とその7人の息子達。
7人全てが軍人としても将として有能なんてあり得るのだろうか。
7人いれば、文学の好きな人や政治の好きな人などそれぞれ個性が出てきてもよさそうなものだ。
それは代州という楊業の封地が他の選択肢を見つけられるような土地柄では無かったからだろう。
都に住んでいたならそれぞれの生き方を選んでいたのかもしれない。
とはいえ、息子達もそれぞれに個性がないわけではない。
長男の延平は父親の気持ちを一番良く理解し、父親の留守中は兄弟のまとめ役になる。
七郎は馬と愛称が良く馬の面倒を良く見、馬と会話をするほどの馬好き。
六郎は兵士達を大切にする誰よりも兵士達から愛される将。
四郎は兄弟の中では長男の延平以外とは相性があまり良くない。孤高の人。
ものの考え方のスケールが大きく、四郎が楊一族の棟梁だったなら、人に使われての戦をするぐらいなら、と楊国という独立国を興していたかもしれない。

楊一族の敵である遼という国、なかなかにうまい政治を行う国である。
徴兵制度があり、若いうちに必ず軍人としての調練を何年か経験し、その後いざ戦となれば、国民皆兵となる。
国民が全て兵なのだから敵が何万の兵で来ようが何十万の兵で来ようがそれに匹敵する部隊をすぐさま召集することができる。
半農の軍というのは効率がいい。
専任の兵であれば、それらを食わせるだけでもかなりの国家予算を投じなければならないが、半農であれば、戦がある時だけ召集すれば良い。それも徴兵で一回は鍛えた連中だ。数日間、調練をすることですぐさま臨時の軍隊が出来上がる。
また、南船北馬というぐらいなので北部の質の良い馬に恵まれているので騎馬兵部隊はかなりの精強軍である。
後のモンゴル大帝国の礎を築いたのはこの騎馬兵部隊なのではないだろうか。
とにかく遼という国恐ろしく強い。

楊一族もそれに対抗出来る様に、六郎と七郎には騎馬隊を組織させる。
また四郎には楊一族の別働部隊としての役割を与え、四郎も優秀な騎馬隊を組織する。
楊一族は調練を怠らず、毎日の様に味方同士で剣を木刀に変えての模擬戦を実施する。
それ故に楊業とその息子たちもまた強く、胸のすくような戦を展開していく。

遼にも耶律休哥(やりつきゅうか)というたった5千の兵で5万の兵に匹敵すると言う名将がいる。この人も孤高の人で全身が白い毛で覆われていることもあって「白き狼」と呼ばれる。
この名将VS無敵の楊一族の戦はこの本の見どころの一つだろう。
遼の側のもう一人の魅力ある人物はこの国を実質的に支配している蕭太后という人。
后なので帝ではないが次から次へ帝が若くして死んでしまたために幼帝の後見人という立場だが、実質的には支配者である。

宋の帝の悲願が燕雲十六州の奪回なら、遼の悲願は中原の支配である。
蕭太后もそれは同じ。それだけではなく、この蕭太后という人、戦についての分析力に長けている。
男であったなら、武帝として名を残したであろう。

それに比べると宋の方はどちらかというと武にはうとい。
楊一族が居なければ、蕭太后はいともたやすく中原を手に入れていたのではないだろうか。
宋という国は文化的にもかなり発達していた国だろう。
宋は今でいうシビリアンコントロールの国なのである。
その中にあっての武人の立場はあまり強くはない。

特に楊業という男は戦をするためだけに生きているような男。
生粋の軍人である。
政治の世界には一切口出しをしようとしない。

そのシビリアンコントロールのためか、またまた都の臆病な将軍のためか、楊業の最期は無惨としか言いようがない。

この戦の時代でのシビリアンコントロールは少し時期尚早だったのかもしれない。

楊家将<上・下巻> 北方謙三 著


25/May.2008
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