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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
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アトミック・ボックス 池澤夏樹

今の時代、最新の顔写真もあって氏名も素性も割れている場合、指名手配されてからの逃亡というのは如何に難しいのことなのだろうか。

車を使えば高速道路や幹線道路にはNシステムがある。
街には至る所に監視カメラが。
新幹線や飛行機などはもってのほか。
携帯電話も通話をしなくても電源を入れただけで場所が特定される。
銀行のATMも使えない。クレジットカードも使えない。

瀬戸内海の島の一介の漁師にすぎないと思っていた父。
その父が癌で死ぬにあたって娘の美汐にあるものを委託する。

父は、国の極秘の施策として原子爆弾の開発を行っていた。

日本の政府の立場は、「核を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則であることは元より、対外的にも「核拡散防止条約」に署名している。

だが、核は持ってはいないが、作る気になればいつでも作れる、という状態を保つことが一枚の外交カードとなり得る、との考えの上でその状態にまでしておくという目的のための極秘Projectチームに父は参加していた。

Projectが解散する際に持ち出した設計資料の一部を遺書と共に娘に託す。
父が死ぬまで島の郵便局員さんだとばかり思っていた人が実は警視庁の公安警察だったこともあり、母娘はこの30年近く父が監視対象であったことを知る。

それからが美汐の逃避行である。

警察は父が延命を頼まず、意識が無くなったら死への背中を押してくれるように、美汐へ頼んでいたことを理由に、警察は父への殺人容疑という別件容疑で美汐を指名手配する。
この逃避行譚がなかなかにして面白い。
尽く警察の裏を書いて行くところも痛快なら、瀬戸内海の島から島へと渡って行く際の各島の風景、村上水軍の名残りとしての気ごころも面白いし藤原純友の末裔かと思われる家も登場するなど、瀬戸内好きにはたまらない。

それにしてもこの作者、原爆開発をテーマにしたものを書くにあたって、原発の問題を無理矢理からめていないだろうか。
原発問題を書く必要性はあったのだろうか。

著者が核に対してどういう思想を持っていようが構わないし、原発についてもどんな思想を持っていても構わない。

ただ、売れっ子作家として絶対にしては行けないことをしておられるのではないだろうか。

「福島」という言葉を放射能の代名詞のように書いておられる。
父が自分が広島原爆の被爆者だったと知った時、自分の身体の中に福島が居る、だとか。

これらは事故直後に海外のメディアの報じた「FUKUSIMA」と同じこと。
「FUKUSHIMA」が固有名詞化されていた状況に対して福島の人たちどれだけ悔しい思いをしたか。

この物語、痛快なところが多く面白い本なだけに、そういう安直な表現が残念でならない。



アトミック・ボックス 池澤夏樹 著


02/Jun.2014
カデナ 池澤夏樹

ベトナム戦争当時の沖縄が描かれている。
『あの夏、私たちは4人だけの分隊で闘った』という本の帯にはかなりそそられるものがある。
実際に読んでみると『分隊で闘った』の文言から想像するイメージとはだいぶん違うものだったが、もちろん期待を裏切る本ではなかった。
タイトルの『カデナ』とは言わずもがなかもしれないが沖縄の嘉手納米軍基地のあるあの嘉手納のことである。


フィリピーナと米兵の混血児で米国籍を持ち、米空軍に籍を置く女性。
戦時中に沖縄からサイパンへ行き、サイパン陥落前時にアメリカ兵に収容され、戦後、沖縄へ帰って来た朝英さんという男性。
米軍基地でロックバンドを演奏する中の一人である若者。
それぞれが交互に語り部となってストーリーは展開される。

中でも朝英さんの語り部の箇所は戦時中からの誰かの体験談を聞いているが如くに読みごたえがある。
十三歳で父親の出稼ぎで家族と共にサイパンへ渡り、自身もサイパンで機関士見習いとして働き、アメリカのサイパンへの空襲が始まると父母は沖縄へ帰る船に乗り、硫黄島沖でその船は潜水艦に沈められ、乗客500人全員が死亡。
兄は徴兵にとられ、戦死。
沖縄へ帰って故郷を訪れてみると、親戚をはじめ知り合いも全て失ってしまったことを知る。
知っている人たちの中で生き残っているのは自分だけ、という心にぽっかり穴の空いたような状態。
結婚した後も朝英さんには子供が居ない。
つくらないのか、出来なかったのかは不明だが、世の中には先祖から引き継いだ家を子や孫へと増えていく家もあれば、たった一人生き残った自分の一家はここで閉じるべき家なのだと思っている。

三人の語り部がいるがこの人の語りの箇所の文体はなんとも重みがある。
こんな話を作者が想像で書いたとは思えない。
おそらくこの話を語ってくれた実在の人が居たのではないだろうか。


長引く戦争の最中、米軍の指揮官の奥さんの中に、平気で「核を落として終わりにすればいいじゃない」などと言う人が登場する。
まさか、と思うがどうもまんざら議論に上がらなかったわけでもないのかもしれない。
長崎・広島への原爆投下を指揮し、東京や主要都市の人々に対しての焼夷弾で周囲を焼け野原にして逃げ場を失わせた上で爆撃して民間人を皆殺しにする作戦をたてたカーチス・ルメイは戦後、勲章をもらい、昇進した。
そのルメイの部下だったマクナマラがその当時のアメリカの国防長官だったのである。


米空軍の爆撃ももうすぐ終わりになるという手前の最後の二週間でなんと150機で700回の出撃。落とした爆弾はなんと2万トンだったという。
2万トンと言われてもなかなかピンと来ないものがある。

実際に空軍基地に居た人たちも同じだったようだ。
B−52のばかでかい爆撃機には最大27トンの爆弾を搭載できるのだという。
爆撃機は一旦飛び立ったら、その27トン全てを落として来なくてはならない。
落とし漏れを抱えたまま帰って来ることは非常に危険で着陸時に爆発したらそれで一巻の終わりだからだ。

だから、爆弾落下と落としきって帰ることだけに専念するパイロットたちにも落下した後の状態など実感が無かったかもしれない。

そのB−52一機が離陸に失敗する。
その先には核爆弾の弾薬集積所がある。だから機長はゲートにぶつけて止めた。
そしてゲートにぶつかると同時に大爆発。
辺り一面が火の海となり、地面から空までが燃え、雲底が真っ赤になった。
その状態を見て初めて基地の人たちもこのB−52一機の搭載する爆弾の凄まじさを知ることとなる。


この物語はフィクションであってもそこで描かれている情景はフィクションでは無く、ノンフィクションなのではないだろうか。

ベトナム戦争が長引くに連れて、厭戦感の漂う中、嘉手納基地から飛び立ち、ハノイへ向かう爆撃機乗りの心境や基地の人びとの話、作者はどうやって取材したのだろう。


米軍基地が嫌いでありながらも米軍基地があることで仕事を得ている人たち。
彼らは基地があればあったで「なんとかなるさー」と生き、ベトナムの戦争終結で基地がなくなって、仕事もなくなるかも、に関しても「なんとかなるさー」と大らかではありながらも複雑な沖縄の人々の心情。

本書は4人だけの分隊で闘ったというストーリー展開を描きながら、やまとんちゅう達が東海道新幹線の開通、東京オリンピックの開催、大阪での万国博覧会と高度経済成長を謳歌している最中で、やまとんちゅうの人びとの内、一体何人がこのうちなーんちゅの人びとの生き様や、沖縄で起こっていたことを知っていただろうか。
知り得なかった沖縄での戦後史を自ら沖縄へ移住してまで取材をし、実感した作者ならではの沖縄史なのではないだろうか。



カデナ  池澤夏樹 著(新潮社)


05/Jan.2010
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