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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Oct.2018
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死神の浮力 伊坂幸太郎

前作「死神の精度」を読んだ後に読む方がよりわかりやすいだろうが、浮力から読んでも充分に楽しめる。

設定は全く同じ。
死神が主人公で、調査対象者を指定され、一週間その対象者の行動を観察し、基本「可」とする。(そのまま死を向かえる)
対象者として選ばれる基準も不明なら、彼らの観察によって何を持って生かしておくべきかどうかの判断基準もあるように思えない。
しかしながら逆の 「見送り」と判断を下せば、どれだけ死にそうな目にあったところで絶対に死なない。
また、判定を下す日が一週間後なら、その一週間は殺されても死なない。

今回は死神千葉氏は複数の対象者を観察するのではなく、たった一人の観察にて一冊が割かれている。

その一人というのが、小説家で一時はテレビのコメンテーターなどで引っ張りだされていたこともよくあるという、所謂有名人。
その娘が1年前に誘拐され殺害された。

犯人は近所に住む青年だった。
つい最近も新潟で女児が帰宅途中に誘拐されて殺害される事件があったばかりだが、酷似している。
容疑者は掴ったものの証拠不十分にて無罪釈放。

小説家夫婦はさぞかし悔しかろうと思うのだが、実は、真逆で彼ら二人は無罪放免になることを願望していた。
司法の手による甘っちょろい刑など望んでいなかったのだ。

小説家夫婦の元には事件以来ずっとマスコミが押しかけ、さらに犯人釈放となればさらにマスコミの数は増えていくのだが、そんな中ひょうひょうと彼らの家に辿り着くのが死神千葉氏。
幼稚園の同窓生などと言って・・。

小説家夫婦がやろうとしていたのは江戸時代でいう仇討ち。所謂私刑なのだが、この犯人にことごとく、裏を書かれて、逆に何度も危ない目に合う。というより逆にどんどん攻撃されて窮地に立たされる。
そこは死神千葉氏が一緒なので何度も救われるのだが・・。

何と言っても強烈なのはこの犯人の青年の方でどうやってそんな次から次へと攻め手が打てるのか。
この青年の方が本当の意味での死神じゃないか、と思えてしまう。

今回も千葉氏のスーパーパワー、存分に楽しませて頂きました。



死神の浮力 伊坂 幸太郎 著
04/Oct.2018
呪術 初瀬 礼

アフリカの呪術、これだけ情報技術が発達した現代でさえ、サッカーのワールドカップやその予選などでも呪術を使った、使ってないで、毎回騒ぎになる。

アフリカが舞台で始まるのでそんなアフリカの呪術を描いた話かと思っていた。

アフリカでも医療が十分に行き届かない地域では呪術師が医者の代わりをする。
呪術は病を治したり、豊漁になるように祈願したり、ということばかりに使われるのではない。
最も使われるのは、人を呪い殺すことだ。
その呪術に欠かせないのがポーションと呼ばれる薬のようなもの。
そこに調合する材料は呪術師により違うのだが、ここに登場する東アフリカ一と呼ばれる呪術師はアルピノと呼ばれる先天性色素欠乏症の体質の人の身体を材料に使う。

まさか、そのアルピノ体質の人の命を奪ってまではよもや、と思ってしまうのだが、そのよもやなのである。
各地でアルピノ狩りが始まる。

ケイコという日本人の母とタンザニア人の父を持つアルピノの女の子もそんな渦中の人となる。
ダルエスサラームというタンザニア最大の都市で学校に通っていたのが、各地でアルピノ狩りが始まったので、叔父の家へと避難するが、その叔父が商売の為に彼女を売ろうとする。

逃げ込んだのが、アルピノばかりを集めて匿っている刑務所のような施設。
そこは国が守っている施設にもかかわらず呪術師にとっては宝の山とばかりにアルピノ狩りの連中、というより軍が襲いに来る。

この話は東京オリンピック後、というほんの少しだけの近未来。
IS(イスラミックステート)はシリアで敗北しほぼ壊滅状態になったものの、各地で統制のとれていない無数の小テロ組織が生まれる。
地域地域の部族も同様で武装化した小軍団化に。呪術師に依頼するために依頼者は莫大な金を部族長に落とし、彼はその金で傭兵を雇い、武装集団を形成する。
そんな武装集団が襲うとどうなるか。施設にいいる人間は全員惨殺される。

奇跡的に逃げ延び、日本人のツアーコンダクターの女性に救われたアルピノのケイコ。
治安の良い日本へ帰ってしまえば、もはやだれも手が出せないはずだった。

そこからが、この話の勝負どころなのだろう。
東京オリンピック後の日本が出てくる。
五輪後の日本はもはや治安の良いはずの日本では無くなっていた。

今でこそ、インバウンド、インバウンドと喜んでいるが、東京五輪で来日した人たちはそのまま居ついてしまい、これまでほとんどいなかったアフリカンマフィアが急に台頭して来る。
彼らは、外国人観光客相手に商売をしているので、日本人に害は無いとばかりに日本の警察はほとんど放置状態。

チャイニーズマフィア、ロシアンマフィア、アフリカンマフィアの勢力争いの場となった東京は、もはや夜道を誰もが一人で歩ける街では無くなってしまっている。

そこへ呪術師が来日する。

近未来を書くというのは勇気のいることだろう。
とも思ったが、ここまで近すぎると、返ってフィクションらしく読めてしまうか。
ただ、時代背景みたいなものがどこまでが既に起こったことなのか、未来予想なのか、数年後に読む人は混乱するかもしれない。


呪術 初瀬 礼著
02/Oct.2018
誰が第二次世界大戦を起こしたのか 渡辺惣樹

アメリカ合衆国のフーバー元大統領

合衆国の31代大統領、フランクリン・ルーズベルトの一代前の米大統領、ハーバート・フーヴァー氏が、後世のためにこれだけは書き残しておかなければ、と固い思いで書いた回顧録、「裏切られた真実」。

後世に何としてでも伝えなければ・・・のはずなのに2010年代になるまで出版されることが無かった。
その内容がいかに第二次大戦後のアメリカにとって不都合なものだったかを物語っている。

フーバーはあのヒトラーをして、彼がもし第二次大戦に入る前に暗殺なり病死なり事故死なりで死んでいたとしたら、20世紀で最も優れた宰相と呼ばれたことだろう、と述べている。
「ヒトラー」と言う名前、悪の代名詞として使われることはあっても、誉めている言葉などほぼ聞いたことが無い。しかもそれが元米大統領と言う立場のような人なら、なおのことだろう。

事実、ヒトラーが政権を取ってから、ドイツの失業率はみるみると減少し、景気も上昇し続け、超がつくほどの弩級のインフレも落ち着く。
内政にてはほぼ及第点だろう。

というよりもそもそも第一次大戦の後処理のベルサイユ条約というのがあまりにひど過ぎた。ドイツを一方的にいじめ過ぎていた。

ヒトラーの外交という面についてもフーバーの見解は後世の人たちの見解とはかなり異なる。
ヒトラーのオーストリア侵攻を悪魔の時代の始まりと見るのが後世の歴史だが、実際には無血入場であって一滴の血も流されていない。元々ヒトラーはオーストリア出身だったこともあり、オーストリアの人々は熱烈に歓迎、その後オーストリアはみるみる経済発展していく。チェコに関してもしかり。
元々、第一次大戦前のドイツの地図を見ればわかるのだが、ドイツの国土はかなり強大である。ポーランドなどと言う国すら存在していない。
もちろんフーバーはヒトラーの信奉者などではない。
独裁者として見ている。
但し、フランクリン・ルーズベルトと異なるのは、彼はスターリンもまた独裁者であることを知っていたし、ヒトラー以上に脅威だと思っていたことだろうか。

ヒトラーがイギリスと一戦交えることなど露ほども思っていないことをフーバーは知っていたし、共産主義国家を毛嫌いしていることも知っていた。
だからこれから覇権国家を狙っているソ連に対する防波堤としてヒトラー率いるドイツを活用するのが一番だと思っていた。ソ連西からドイツが封じ込め、東からはノモンハンで紛争している日本に封じ込めさせる。
おそらく、当時の大統領がルーズベルトではなく、フーバーだったとしたら、その後の歴史は大きく変わっていたことだろう。
別の紛争は当然起きただろうが、長きにわたる東西冷戦などは存在しなかったのではないだろうか。
ヒトラーのポーランド侵攻、これに対して、英仏がドイツに宣戦布告する。これはフーバーにとっては寝耳に水だ。同じくポーランドに侵攻したソ連に対しては英仏は宣戦布告していない。
英仏にとってこの不利な戦い、ましてや自国が侵略されようとしているならいざ知らず、ポーランドの首脳の優柔不断が招いた結果に対して自国の若者を命を差し出すなど当初は全く考えていなかったはずである。

この後のルーズベルトの動きを見ると、彼自身、熱烈な共産主義者だったのではないか、と思わせられるほどに、ソ連にとって都合よく動いている。

ケネディ米駐英大使がルーズベルトの命を受けて英首相を説得した事実をフーバーは掴んでいた。アメリカは必ず参戦します、と。

ところがアメリカ国内ではモンロー主義の嵐でなんでわざわざ我が国の尊い命をそんな他国の戦に捧げねばならぬのか、と、とてもじゃないが参戦など出来そうにない。

そこで、どうしても必要だったのが、日本による真珠湾攻撃だった、という訳だ。
どうやってでも日本に先制攻撃をしてもらう必要があった。
これは日本の右寄りの人の意見でもなんでもない。フーバーそのものは親日家でもなんでもない。
そういう人の見解。

「誰が第二次世界大戦を起こしたのか」のタイトルについて歴史の教科書ではほぼ間違いなく、ヒトラーであり、ムッソリーニであり、日本の軍部ということなのだろう。
もちろん三者がいなければ起きてはいないだろが、フーバーの見立てでは、その三者よりかなり上位に、ニューディール政策に失敗したフランクリン・ルーズベルトの存在がある。
彼こそが大戦を起こした張本人?

そりゃ、永らく出版されないだろう。


誰が第二次世界大戦を起こしたのか -フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く-渡辺 惣樹著
30/Aug.2018
死神の精度 伊坂幸太郎

主人公はなんと死神。
死神は調査対象者を指定され、一週間その対象者の行動を観察。
彼らには「見送り」にする(生かしておく)か、「可」とする(そのまま死を向かえる)かの判断をする権限がある。
そもそも対象者として選ばれる基準も不明なら、かれらが観察することで生かしておくべきかどうかの判断材料があるとは思えないしそもそも判断基準など存在しそうにないのだが、主人公の死神氏は仕事を怠らない。
真面目なのである。
とはいえ、きまぐれで、というより自分のほとんど趣味で「見送り」の決裁をすることもある。

この世に何十億の人が居ようが、どの人間にも共通していることが一つある。
人は必ず死ぬ、ということ。
普段、健康な時は忘れているだけで、いつかは必ず死ぬ。

死神はごくごく当たり前の事を言っているだけでも、それを聞いたら、皆、ぎょっとするか、んなわけねーだろーが!と怒ったりするものだ。
この話の上でだけだが、唯一、絶対に死なない期間がある。

死神が調査(観察?)をしている一週間だ。
その間、その対象者はどれだけ無茶なことをやろうと、死神が判定する一週間後にならない限りは死なない。

二篇目に出て来る昔気質のヤクザ。
今どきの体質の身内からも売られる格好となるが、彼は抗争相手にひるまず単独でも立ち向かおうとする。

彼などはその調査中につき死なない典型だろう。
どれだけ無茶なことをしてもその一週間の審判の日を迎えていないということは、まだ寿命かあるのだ。
絶対に死なない。

雪の中の宿泊施設に集まった客たちが、一人一人謎の死を遂げていく。
推理小説になりがちな展開に死神が絡む。


一篇一篇は独立していているのだが、それぞれの時代が違う。
別の一篇では若い人間として登場した人物が別の一篇での登場人物になっていたりして別々の話が実は繋がっていたりするあたりは、やはり伊坂氏らしい。

死神というと響きが悪いが、かなりいいやつだ。
とはいえ彼は人からどう思われるなど、どうでもいいのだが・・。
人が生きていようが、死んでいようがさえどうでもいい。

ただ、音楽が聞ければそれでいい。

発言が突拍子もないのだが、案外それは日本語特有の表現の難しさが原因だったりする。
もう何百年も前から何度も来ているなら、いい加減、言い回しぐらい理解しろよ、と言いたくなるが、それは仕方がない。
彼には興味がないんだから。

真面目、強い、渋滞が大嫌いで、音楽が大好き。非常にユーモラスで、人に案外好かれる。
こんな死神を描けるのは伊坂氏ならではだろう。

死神の精度 伊坂 幸太郎著
16/Aug.2018
騙し絵の牙 塩田武士

出版業界の不況が言われてからかなり久しい。

この話、その厳しい出版業界の中で、もがいてもがいてなんとか売り上げを維持すべく取り組む男の話。

出版社の出す月刊誌への連載、これなどは作家にとっては給料のようなもの。
連載を終えて、ようやく単行本になって売れた分は賞与みたいなものだろうか。

その月刊誌がバタバタと廃刊していくのだ。
若手の作家にしてみれば、給与の食い扶持がどんどんなくなることになる。

主人公の速水という雑誌編集長、作家をこよなく愛し、本をこよなく愛し、編集という仕事をこよなく愛する。

若手の作家を一人前の作家に育てるのが編集者たるものの仕事だと考える男で、作家のヒントになるような記事などがあれば、自分の雑誌に連載している作家で無くてもこまめに送り、作家達との人間関係を地道に築き上げて行く。

なんだか、幻冬舎の見城氏を彷彿とさせる。

会話も軽妙で、酒の場での座持ちも良く、部下からも作家たちからも好かれるタイプ。

彼の勤める出版社で月刊誌の廃刊が相次ぎ、自ら編集長を務める雑誌も廃刊へのタイムリミットを言い渡される。

なんとか売り上げを伸ばそうと、パチンコ業界とのコラボを仕掛けてみたり、作家にはスポンサー企業の商品宣伝につながる話を織り交ぜてもらい、広告収入を維持しようとしたり、その頑張りは涙ぐましいものがある。

雑誌を廃刊に持って行こうとする会社とそれに抵抗する組合との交渉の場に出て行っての演説は、編集という仕事への強い思いが伝わる読みごたえのある演説だった。

それにしても出版社という業態を取りながら、廃刊、廃刊、をすすめようとし、作家との縁切りも全く考慮しないこの会社、いったいどこへ向かおうとしているのだろう。

彼が最終的に会社を立ち上げるとなった時の裏切り行為だとか、二枚舌だとかという言葉は全く当たらないのではないだろうか。

彼は自分の信念を貫いただけであり、自分の築いた作家との信頼関係に作家達が乗って来ただけで、それをどんどん切り捨てて行ったのが元の出版会社の方ではないか。
他にどんなやりようがあったというのだろうか。


それにしても、何故、大泉洋などという役者の写真を随所に織り込んであるのだろう。
主人公のイメージぐらい読者の想像に委ねて欲しいものだ。


この先に映像化の話でも決まっているのだろうか。

それともこの出版社、芸能プロダクションとうまくタイアップしてつるんでいるのだろうか。
まさに出版の裏側を描いた本だけにそれを地で行っていてもおかしくはないか。


騙し絵の牙  塩田 武士著
10/Jul.2018
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