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読み物あれこれではスタッフが各々勝手きままな読書感想文を書いております。暴言・無知・恥知らず・ご意見はいろいろお有りでしょうが、お気に召した方だけお読み下さい。
   
Feb.2019
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キラキラ共和国 小川 糸

ツバキ文具店の続編。

ツバキ文具店のあとを継いだ鳩子さんが子持ちの男性と結婚し、いきなり一児の母となるところから。
子どもは丁度小学校に入学する年頃で彼女はQPちゃんと呼んでいる。

前作が手紙というものについてのいろんな知識を教えてくれ、代書と言う作業のきめ細やかさに心打たれる本であったが、この続編はかなりの枚数をこの新家族、新たな伴侶、その亡き妻、特にQPちゃんについて最もページを割いている。

肝心の代書業も引き続き行ってはいるが、前作で手紙の内容に合わせての便せん選び、筆の種類やらボールペンの種類、郵便屋さんのためにあると思っていた切手に至るまで、綿密に選び抜くきめ細やかさに感動し、肝心のお手紙そのものにも感動したはずなのに、今回改めて、代書の相談事に客はやってくるわけだが。


なんでもかんでも代書頼みというのはいかがなものなのだろう。

好きな人への告白なんて最たるもので、それを人に書いてもらってどうするんだ。
前作で出て来た悪筆の人ならまだしも他人に書いてもらったことが相手にわかったらどんないい内容の手紙だろうが、いっぺんに覚めてしまうんじゃないのだろうか。

終盤に登場する川端康成ファンの女性からの依頼、川端康成から自分宛ての手紙を代筆してほしい、という依頼はかなりの難易度だろう。
文豪に成り代わって文書を書くなんて、しかも熱烈なファンだけに安易に文体を真似ただけなら返って偽物感が出てしまう。

と、今回は、代書を通しての感動はさほどでは無かったが、あらためてこの主人公のこころねの優しさはすなわち小川糸という作家の人柄なんだろうな、と思わせてくれる。

今回はQPちゃんについての記述が多いと書いたが、QPちゃんにとって自分は継母である。その父親であるミツローにとっては後妻。

その後妻の人が亡くなってしまった前妻のことを大好きになって、とうとう前妻に対してお手紙を書く。

やはり小川糸さん健在ですね。



キラキラ共和国  小川 糸著
04/Feb.2019
火星に住むつもりかい 伊坂幸太郎

テロ撲滅を目的に作られた「平和警察」と言う組織。
本来は海外のテロ組織のメンバを確保する事が目的で作られたのだろうが、お題目と運用がかけ離れてしまうこと、多々あるものだ。

交通事故を減らす事が目的の取り締まりのはずが、いつの間にか交通課警察のの点数稼ぎのためとしか思えないようなことだってある。
でも必ず言われるだも交通事故は減ったでしょ。

ただこの「平和警察」は次元が違う。

一般市民が嫌いなやつを嵌めてやろうと思っただけで、即機能してしまう。
通報一つでますは勾留される。
自白を強要されるような拷問を受け、自白させられると今度は一般市民を集めた場所でギロチンでの公開処刑。
容疑はなんだったのか。
テロの一味だと思ったのなら、そこで処刑してしまっては意味がないだろう。
もはやそんな普通が許される状態からどんどんかけ離れて行く。
しかし何故歯止めが効かないのか。
だって犯罪件数は減ったでしょ。
それが推進派の言い分だ。

かつてアメリカの9.11テロの後、時の米政府はこれはテロとの戦いだと対テロ宣戦布告をし、怪しいと目される人物と関わった人さらにその関わった人に関わった人と次から次へと監視の網を広げて行く。
これは後にアメリカから亡命したスノーデンの告発によってもそれがプログラムによってかなり大規模にしかも世界に網を張った状態で行われていたことが明らかになって行くのだが、そんな監視社会を「平和警察」は作ろうとしたのか。
いや、もっとひどい。
監視によって容疑者となったなら、まだ容疑者としての根拠があるが、ここに出て来る「平和警察」は何でもやりたい放題。
自分の気分で捕まえることだって処刑まで持って行くことだって出来てしまう。

これに立ち向かうのが黒づくめの謎の人物。
その捜査協力に東京からやって来た真壁という捜査官。
結構立場が上なんだろう。結構「平和警察」のことをボロカスに言っても平気な立場なんだから。
いいなぁ、この人のキャラ。
話しの流れなんてお構いなしで虫の生態なんぞを語り始めてみたり、謎の人物をたぶん「正義の味方」と名付けたのも彼。

この小説、ジョージオーウェルの世界と比較されるんだろうな、と読みながら思ったが、
案外この平和警察に捕縛された段階で、メディアからも一斉に袋叩き。やがては公開処刑という一連、ネット世界での炎上、袋叩きの方が似ているところがあるような気がしないでもない。

正義の味方はそこにも出て来てくれるのかなぁ。

火星に住むつもりかい 伊坂 幸太郎著
06/Jan.2019
星の子 今村 夏子

幼い頃、病気がちだった女の子が父の会社の先輩に薦められた水を飲んだところ、みるみる快復してしまった。
この一家ではそれが終わりの始まり。
父も母もその水にすっかり心酔してしまい、それを大量に購入するようになる。
また、その水を販売している団体にもすっかり嵌り、そこでの行事には必ず参加するようになって行く。
いわゆる、いかがわしい宗教団体というやつ。

小学校に上がってからも「アイツは変な宗教団体に入っているからな」と冷ややかな目で見られるどころか、いじめをなくす立場の教師からも「変な団体への勧誘をするなよ」などと白眼視されるのだが、一家はお構いなしだ。

姉だけはまともだったのか。
この家を飛び出して帰って来なくなる。

もちろん教団からのすすめなのだろうが、親はますます奇行が多くなり、仕事もおそらく首になったのではなかろうか。

この主人公の娘も成長していくにあたって、おかしい団体だと気付きはじめているのだが、自ら去ろうとはしない。

子ども視点でたんたんと話が語られて行くが、かなり重たいテーマだ。



星の子 今村夏子著
06/Jan.2019
たゆたえども沈まず 原田 マハ

今でこそ、モネ、マネ、ドガ、セザンヌ、ルノワールなどの作品は目ん玉が飛び出るような価格で取引されるニュースを見かけるが、彼らの作品が発表された頃は、子供のお絵描きか、と小馬鹿にされ、印象派というネーミングもその小馬鹿にした延長から作られた。
彼らより少し遅れて出てきたゴッホ。出て来たと言っても生きているうちには彼の作品はほとんど世に出ていない。

作品は彼の弟であり、最大の支援者である画商テオの元に送っていた。

弟のテオは兄の才能に気づきながらも、彼が務める画商の経営には従来の王道アカデミー絵画の巨匠が関わっていたこともあり、モネやマネと言った印象派の絵を置く事もはばかられる様な店だ。
ゴッホの絵画は知られること無くテオの元に溜まって行く。

この本には日本人の二人の画商が登場する。

林忠正と加納重吉、てっきりこの日本人画商のくだりは作者の創作だとばかり思っていたが、違った。少なくとも林忠正に関しては実在でこの本にある通り、パリ万国博覧会では日本事務局長を務め、パリに本拠を置く美術商として、イギリスや欧州各国を渡り歩き、日本美術品を売り捌き、日本文化、日本美術の紹介をしていた。

彼とゴッホのやり取りのくだりはさすがに創作だろうが、日本美術をこよなく愛したゴッホが彼の元を訪ねて来ていたとしてもおかしくはない。

当時の日本の浮世絵は日本国内ではさほどの価値を認められていない中、フランスで活動する画家たちに与えたインパクトは相当なものだったらしく、印象派と言われる人たちの作品にはことごとく影響を与えたと言われる。

それにしてもゴッホが日本に行きたいと言い、林がアルル地方へ行くことを勧め、ゴッホはアルル地方を仮の日本と見做して行って数々の名作を残す。

この本では林氏はゴッホの作品を一目見て、他の印象派とも圧倒的に違う、これまでに見た事のない、強烈な印象を持ったことになっている。

これだけ商才のたくましい人がそんな作品を目にしながら、ゴッホの作品を扱う、もしくは買い取ろうとさえしなかったのは不思議なことだ。

日本へ行くことを夢見ていたというゴッホが実際に日本に安住の地を得たとしたら、日本でどんな作品を残した事だろう。アルル地方とはまた全然違った作品が生まれていたことだろう。

その時もやはり時の人には評価されないままだっただろうか。


たゆたえども沈まず 原田 マハ著
03/Jan.2019
かがみの孤城 辻村深月

2018年の本屋大賞受賞作品。

今年の本屋さん書店員さんたちの一押しはこっちの方面だったか、と少しだけ意外ではありましたが、それはかつての受賞作が
「海賊とよばれた男」
「村上海賊の娘」
「舟を編む」
みたいな結構な大作が多かったからというだけで、決してこの本を貶しているわけではありません。

文科省の出した「学校に行けない子供たち」いわゆる不登校の小中学生数は13万人を超えたとのこと。
中学生に絞れば、全体の4%を超えるのだという。
1クラスに一人ぐらいの割合で存在することになる。
そういう意味では、この辻村さんのこの本の受賞も時流に合ったものといえるのかもしれない。

この本に登場する不登校の中学生たち、ある日自分の部屋の鏡が光りだし、その光に導かれて鏡の中の世界に入って行く。

主人公のこころは中学一年生。
まったくどうでもいいような言いがかりの様なことでクラスを牛耳っていた女子の標的にされてしまい、結果、家に閉じ籠もることに。

鏡の世界の中ではしっかり者の中三女子や、ジャージ姿のイケメンやひたすらゲーム機に熱中する男子、計男女7名。
その世界へ入られるのは3月30日までと期限付きながら、そこは学校に行くより、どこへ行くよりも居心地がいい。

当初は互いのプライバシーに踏み込む質問をしないのが暗黙のルールの様になっていたのだが、メンバの女子一人が学校の制服で鏡の世界に飛び込んで来たことで明らかになる。
同じ制服じゃないか、と。
そう。全員同じ中学だった。
で、勇気をふり絞って学校へ行って学校で会おうという話になるが、約束の日に誰も来ない。他のメンバも同じで皆向かったが誰にも会えなかった。

メンバの中にはそれぞれの現実世界がパラレルワールドなんだ、という人も居たが、このあたりでだいたい、想定が出来てしまった。

そして現実界で母親が相談に乗ってもらい、こころのところへも何度も足を運んでくれるフリースクールの喜多嶋先生はおそらく未来のこの人なんだろう、と想像出来てしまった。

終盤にかけて、何故学校へ行けなくなったのか、全員の事情が明らかになって行く。

親が原因の深刻なものもあれば、自分のついた嘘が原因のきっかけがささいなものまで様々。

途中年度か登場するフリースクールの喜多嶋先生と言う女性が何度か口にする

「闘わなくてもいいんだよ」

「自分のしたいことだけを考えて」

は作者からのメッセージではないだろうか。

中学の3年間など永い人生の中のほんの一握りでしかない。
ほんの一握りではあるけれど、将来の自分を形成させる通過点としてとても大切な3年間でもある。
その3年間がただ辛かっただけでいいはずがない。
この本が、本当に悩んでいる人たちに何かを伝えられたのかどうかは定かではないが・・。


かがみの孤城 辻村 深月著
23/Dec.2018
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